背中を預けて−1


夏祭りに行ってから1週間後、燈矢は林間合宿に向かった。
冬美の部活に合宿などはないそうで、家には燈矢以外は全員いる形だ。お盆期間のみ、応利は実家に顔を出すことになっている。

休日となり、昼食の準備として素麵を用意するため、どれくらい食べるか各自に確認して回る。
そして最後に、応利は燈矢の部屋で襖越しに声をかけて反応がなかったことで、そういえば燈矢はいなかった、と遅れて気づいた。

誰も見ていなくてよかった、と内心でほっとしつつ台所に戻る。
鍋にお湯を沸かして、全員分の素麵を出しておく。お湯が沸くまでの間に薬味のネギやミョウガをカットし、ワサビを擦っておこうと冷蔵庫から出してカットを始める。

それにしても、と包丁を動かしながらため息をつく。

燈矢が合宿で長く家を空けるのはこれが初めてではない。去年も同じだった。
それなのに、今年はなぜか、燈矢がいないということに強い違和感を覚えていた。これはかつてないことだ。

応利の中で、明らかに燈矢の存在が大きくなっている。
もちろん、秘密裏に燈矢の訓練に付き合ってやっていたころから、燈矢は応利の中で非常に大きな存在だった。だが、今のそれは少し異なる。
強い影響力がある存在というより、そばにいて当たり前の存在、という意味で大きさが違うのだ。

それもこれも、燈矢が告白紛いの形で感情を伝えてきたからだ。本人は感情を言葉にしていないと屁理屈を言っているが、やっていることは同じである。
ただ、告白という形式を通して関係性を変えるトリガーはまだ引けない、ということだった。

それがいつになるかは燈矢次第だが、それまでの間、燈矢の意図した通りに、応利の思考の中で燈矢が占める割合は急拡大しており、家にいないことが不自然に感じてしまうほどまでになっていた。

ネギを切り終えて小鉢に移す。続いてミョウガをざく切りにしていく。

もし仮に燈矢から告白されたとして、そのとき応利は何と答えるのだろうか。
もちろん、燈矢が未成年のうちは言語道断であり、応じることはない。では燈矢が高校を卒業したらいいのかというと、それもよく分からなかった。

やはり一緒に住んでいるため、付き合っている二人のことがあまりイメージできない。交際関係になったからといって、何が変わるのかよく分かっていなかった。

一方で、燈矢のことを決して家族や弟のように思っているというわけでもなく、そこはきちんと他人として捉えている。
その上で恋人に関係が変わるとして、具体的に何が変わるのか。

ひとつあるとすれば、体の関係だろう。
だがそれこそ分からない。応利はストレートで、男性とそういうことをするのも、そもそも男と付き合うこと自体、考えたこともなかった。
個性社会の現在、同性婚というのは特別なことでこそなくなっている。それでもやはり、同性とのそういう営みが想像できなかった。

ただ少なくとも、燈矢と仮にそういうことをするとしても、不快感はなかった。それに自分で戸惑う。

お湯が沸いたため、素麵を茹でていく。ぐつぐつと沸き立つお湯の表面を見ていると、自分の頭の中のように感じられた。
とりとめもなく、疑問や不明瞭なことが次々と浮かんでは消えていくようだった。


「…でも、離れたくねぇな……」


しかしふと、そんな言葉が口をついて出てきて、応利は自分で驚いて口を手で覆ってしまった。

そうだ、燈矢がいないことを不自然に感じられて、つい名前を呼んでしまうような今の応利にとって、燈矢のいない生活こそ不自然だ。
告白されて関係性が変わるかどうかは分からない。自分の感情もよく分からない。

ただ、燈矢のいない生活もイメージしづらいという現実に、そこにこそ答えがあるのかもしれないと漠然と思った。


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