背中を預けて−2


9月、燈矢の仮免試験の日となった。
応利と炎司はともに仕事であったため、日中は事務所に行っていたが、帰宅するとそわそわと燈矢の報告を待ってしまった。炎司が珍しく居間にいるあたり、相当気になっているようだ。

そして燈矢が帰宅する。初手で炎司と出くわすと燈矢の機嫌が悪くなるため、先に応利が玄関に出迎えに行った。

靴を脱ぐ燈矢に「おかえり」と言いながら出迎えると、燈矢は応利を見上げて小さく微笑む。


「ただいま。仮免取得できた」

「そっか、よかった。さすがだな、よくやった」


燈矢の実力なら問題ないだろうとは思っていたが、全体での合格率は50%以下のため、万が一ということはあった。無事に合格できたようで何よりだ。
家に上がった燈矢とともに廊下を歩き出すと、聞こえていたのだろう、居間から炎司が出てきて燈矢を睥睨する。


「先日の体育祭もそうだが、お前は強い火力の制御がいまだになっておらん。インターンで叩きなおしてやる」


遠回しにインターンにオファーを出してちゃんと指導してやる、と言っているのだが、燈矢は嫌そうに炎司を睨み上げる。


「チッ…お前ンとこには行くが、ほかのSKや応利から学びたいからであってお前のことはどうでもいい」


そして燈矢が述べた言葉も、エンデヴァー事務所には行くが炎司のことはどうでもいいというまさに買い言葉だった。
炎司はフンと鼻を鳴らす。


「雄英はどんな教育をしとるんだ」

「お前のクソ教育のたまものだろ」


それにしても、家でここまで会話が続くのは珍しい。職場体験のときに、仕事に関することでは会話をしていたが、その場限りのことだった。

しかも、二人とも口は悪いし態度も悪いが、意外と棘がないように思える。もちろん、依然として剣呑な空気であるし、そもそも親子の会話ではないが、ちゃんと意思疎通ができていた。

二人の様子を見に部屋から出てきていた冬美と思わず顔を見合わせる。やはり二人とも、互いに対して少し丸くなっているようだった。



早速、仮免試験の翌週からインターンが始まった。
燈矢はエンデヴァー事務所でインターンを行うことになるが、今回は応利ではなく炎系のSKたちが指導にあたっている。インターンは期間が長いため、ずっと炎司がつきっきりというわけにはいかない。どうしても指導中は効率が落ちる。

基本的には、自由にパトロールや活動を行う炎司のあとを、炎系の個性のSKたちとともについて回り、実戦での指導を受けるという流れになっている。

一方応利はというと、ここのところは単独派遣が増えていたため、わりと事務所を不在にすることが多かった。
炎司がSKでありながら異例の応利の単独派遣を全面的に許可していることから、HNを通して各地域から人質事件や捜査の協力依頼が舞い込むようになっており、東海地方を中心にあちこちを飛び回っていた。

1日で3、4か所回るだけで疲弊するというのに、1日で50か所以上を回ることもあるオールマイトは本当に次元が違う。

そのため、インターンが始まってからというもの、応利は案外燈矢とは会わない日々が続いていた。

そんなある日、シャワー室でシャワーを浴びてから脱衣所で私服を着ていると、燈矢が入ってきて久しぶりに事務所で出くわした。

前の職場体験でのことを彷彿とさせるような、広い脱衣所で二人きりという状況だ。


「お疲れ、今日はどうだった?」

「あのクソ親父、マジでいちいちうるせェ」

「口うるさく言ってくる方が珍しいけどな」


見て学べ方式の男であるため、燈矢にいろいろと口うるさく言っているのを見て、SKたちはやはり息子は特別扱いだとほっこりしていた。炎司の人間的な部分が見られたからだろう。

燈矢は苛立ちながら、コスチュームのコートを脱いで、豪快に中のスーツも脱ぐ。ベルトによって留められているため、上半身のスーツはだらりと腰から垂れ下がり、その均整の取れた肉体が照明に照らされる。

高校2年生となり、夏合宿も終えたということもあり、燈矢の体はすっかり大人のそれに近づき、厚みが増していた。それに驚き、ついまじまじと見てしまう。


「燈矢、体でかくなったな」


男が「体でかくなる」と言うときは、筋肉によって体の厚みが増すことを意味する。燈矢もそれを理解しているが、応利の言葉を聞いてすっと目を細めた。


「…俺があんたのことどういう目で見てンのか分かってねェの?」


そう言って、こちらに一歩近づく。応利は服を着ているが、上裸の燈矢に迫られると、さすがにこの絵面はまずい、と危機感を抱く。
燈矢はさらに、ロッカーに手をついて応利を腕の中に閉じ込めるようにして距離を詰めた。すぐ目の前に逞しい体と端正な顔が迫る。腹筋の合間にへそピアスが鈍く光り、さらに開いた身長差によって頭上から声が降ってくる。


「分かってねェから油断してんだな」

「…やっぱ、その、俺のこと抱きたいとか思ってる?」

「当たり前だろ」


異様な状況に、つい真正面からストレートに聞いてしまった。そしてそれに対して、やはりストレートに返されてしまう。
顔に熱が上がる。抱きたい、というド直球の欲望を告げられてしまい、いったいここで何を言うべきなのか正解が分からず、激しく動揺する。

しかし、思いのほかあっさり燈矢は離れた。遮られていた照明の明かりが応利にも降り注ぐようになる。


「ま、ここ事務所だしな。つかまだ手ェ出すつもりねェし」


ここまでしておいて本当か、と訝しげに見てしまうが、燈矢は苦笑する。


「本当だって。やっとインターンまでこぎ着けて、クソ親父からも学んでるっつーのに、あんたは単独派遣とかで独立ヒーローより活躍してやがる。まだ追いつけねェ」


燈矢は、応利が思っているよりもずっと、応利と対等な立場になるということに拘っているようだった。二人の関係の始まりが、応利が燈矢を助けたことにあるからだろう。

だからこそ、炎司との確執も脇に置いてここに来ているし、口ではいろいろ言いつつ、父親のことをよく見て学んでいる。


「最近よくエンデヴァーさんと会話してるの、お互い丸くなったからだと思ってた」

「それもあるだろうが、それだってあんたのおかげだろ。あいつも、お前に会って変わった。それでも俺にとっちゃ大嫌いなヤツだけど実力は本物だ。あんたに並ぶためには、使えるモンなんでも使う」


そうやって割り切るには、炎司が燈矢にしたことはあまりに残酷だ。あのとき、燈矢が最も炎司に自分を見て欲しいと願ったときに無視したくせに、今になってあれこれと指導してくることは、本来なら憎悪を募らせるだけになってもおかしくない。
特にそれを燈矢は喜ぶことも嬉しく思うこともないようだが、それでもフラットに受け止めていることが不思議ではあった。
良い機会のため、そこについても聞いてみる。


「あんなことされた相手なのに?」

「あんなことされても生きていこうと思わせてくれた、あんたのためにな」


だがそれに対してすぐに返した燈矢の言葉に、応利の呼吸が一瞬止まる。
いろいろストレートな言葉を言われたが、これが一番、効いた。

応利のために、憎しみすらも乗り越えて炎司から学び、努力している。
それを理解して、応利の心臓は、今まで一番強く脈打った。


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