背中を預けて−5
ついに作戦当日となった。
埼玉県の畑の中にぽつんと立っている工場が現場であり、登記上は化学品メーカーのものだが、実際にはテロ組織が使用している。
直前まで勘づかれないよう、付近の幹線道路に面した道の駅に、観光バス数台に分乗して集結している。
制圧部隊はそこから専用の輸送車に乗り換え、工場へと先行することになっている。
闇夜に紛れるため、現在の時刻は19時である。テロリストたちは、この建物からほとんど出ないことが分かっていた。この時間でも中に潜伏しているだろう。
輸送車の中には、応利のほかにベストジーニスト、ギャングオルカ、エッジショット、およびオルカのSK3人が乗っている。必要最低限の布陣だ。
「緊張しているかね?パスカル」
すると、ジーニストがそんなことを聞いてきた。正面に座るジーニストは、顔の半分を隠す襟によって表情があまり見えないが、目元は笑っている。
「さすがにちょっとはしますよ」
「ほう、ちょっとか」
それにはオルカが感心したように反応した。ヴィランっぽいヒーローランキングで常に上位におり、怖がられがちなのだが、実際にはとても優しい人である。
一方、エッジショットは女性ファンが歓声を上げる端正な顔で微笑む。
「安心しろ、我々がフォローする。まぁ、優秀な君には不要かもしれないが」
「先輩のフォローからしか気づけないこともあります。インターン気分とまでは言いませんけど、学ばせてもらいます」
答えづらいことを言われてしまったが、正直に返すと、ジーニストが頷く。
「なるほど、エンデヴァーが可愛がるわけだ」
「…え、俺、可愛がられてるんですか?」
「私の知る限り、エンデヴァーの君への特別視は重オンスデニムだ」
「はぁ…気にかけていただいていますけど、そこまでとは。まぁ、息子さんには及びませんけどね」
ジーニストの独特な言い回しに困惑しつつ、「彼はあなたをとても特別視しています」という意味だと理解して会話を続けた。
息子の燈矢への態度は他のヒーローたちにとっても驚きだったようで、父親としてのエンデヴァーの姿は意外性があったらしい。
そうやって先輩の雑談スキルによって緊張を程よくほぐしてもらったところで、工場の近くに到着する。
ただでさえ寒い2月、内陸の冷たい風は体から熱を奪うようだった。輸送車を降りて、ジーニストの先導で工場へと近づいていく。
街灯が少ないが、工場の黒々とした威容は宵闇に浮かび上がっているようだ。
作戦では、先に捜査部隊が突入することになっており、オルカとエッジショットの索敵によって監視や見張りを瞬時に倒しながら施設内部へと一気に進む手はずだ。
まずはオルカの人間の耳には聞こえない超音波による大まかな敵の位置の特定を行い、続いて、該当する場所をエッジショットが扉の隙間から室内に侵入することで特定する。
「…特定した。パスカル、正面扉の向かって右そばに1名、扉から3メートル先を左に5メートルの位置にある部屋で12畳ほどの部屋に3名」
エッジショットが小声で報告する。応利は頷いて、指定された位置を正確に座標として固定し、個性を発動する。
「
局所低気圧350hPa」
「では突入する」
倒せたかどうかの確認はしない。この程度のことなら、過去に何度もほかの事件で行ってきたため、彼らは応利の実力をきちんと信頼してくれていた。
ジーニストに続いて工場の敷地内に入ると、エッジショットが体を侵入させて解錠した扉をくぐり中へ入る。狙い通り、扉の見張りと監視室の者たちは全員が気絶していた。一瞬のことだったため、まだアラートは鳴っていない。
打って変わって明るい室内は目に眩しく、慣れるまで瞬きをしきりに行う。
そこで、オルカは再び広範囲の索敵を実施した。次は科学者の位置の特定だ。ヒーロー・ギャングオルカの索敵能力のすごいところは、音波の反射を利用して、任意の対象の形状までも把握できるところにある。つまり、科学者の顔立ちを写真で見ていれば、その顔立ちの人間がどこにいるのか、音波の反射だけでつかみ取れるというわけだ。
「…科学者たちは2階のこの先100メートルほどのところにある部屋だ」
「よし、それでは気づかれる前に一気に奥まで進む。たとえ気づかれても構わん」
「念のため、常に俺たちの周囲1メートル以内にゼロ気圧の壁を作り音の伝播をオルカさんにしか聞こえない範囲の最小限にします」
そう言って応利は自分たちの周囲に気圧がゼロとなる壁を発生させる。移動に合わせてこの壁も動かす。壁が動くというのは感覚的な話で、実際には気圧の位置が常に変動するということだ。
これは逆に周囲の音も聞こえにくくなるが、それはオルカが聞き取れる。真空は確かに空気の振動である音を通さないが、実はまったく音がしないわけではない。真空の空間が細ければ、振動はかすかに真空空間の先に伝播する。その微弱な音は、離れた位置にいる人間の耳には届かないが、オルカの聴力なら感知できる。
これにより、目視でしか普通のUGP構成員は応利たちに気づけない。