背中を預けて−7
「こちらパスカル、科学者の1名は組織に協力しており、抵抗して発砲されました。気絶させ、他4名とともにギャングオルカのSKが屋外へ退避させています。俺は足を負傷したので、1階に残って追いかけてくる敵の掃討を行います」
『パスカル、そちらには範囲攻撃が可能な者と俊敏な者が向かっている。無理はするな』
無線でジーニストが共有してくれた。確かに、こちらに走ってくる敵の1人は鎌鼬のような空気を纏っているし、別の1人は明らかに速度が速く先行してきている。
「無理はしますが、無茶はしません」
それだけ言うと、狙える範囲で気圧を下げる。こちらに迫っていた15名ほどのうち、一気に7名は気絶して倒れたが、他はガスマスクをつけていた。実験用のものだろうが、応利がいると聞いて急遽用意したのだろう。
廊下のリノリウムには応利の赤い血が溜まっている。足の銃創は出血量が多く、一瞬くらっとしたが、ぐっと拳を握りしめて耐える。額には脂汗が滲んでいた。
応利はポケットからスーパーボールをいくつか取り出すと、廊下の先へ放った。男たちは警戒して走る速度を緩めたが、それは意味がない。
一気に応力を引き上げると、廊下の床がボールの反射に合わせて次々と爆発するように吹き飛んだ。ボールがバウンドする度に床や壁が破裂し、先頭にいた男たち3人が巻き込まれ、ガスマスクが外れたため瞬時に気圧を下げて気絶させる。
あと5名だが、こちらは一筋縄ではいかなさそうだ。
そろそろ撤退したいところだったが、無線では悪い状況が伝えられる。
『こちらオルカSK、科学者を退避中ですが、退路に構成員が集結しており外に出られません!いったん近くの室内に籠城します!』
「…、こちらパスカル。1階で敵の足止めをします、本館南側は建物の損壊を最低限にお願いします」
どうやら退路が断たれたらしい。まだ構成員たちは突入してこそいないようだが、外に集まっていることから元来た道からの撤退はできない。かといって応利がいる方からの退避もできないため、応利の背中には事実上、科学者たちの命がかかっていた。ここで必ず相手を仕留め、かつ戦闘による建物への被害を最低限にしなければならない。
そこに、接近してきた5人がやってきた。
まず最も早かった1人が瞬時に応利のそばにやってくる。一気に相手の間合いに入っていた。
応利は怪我をしていない左足の足元の床で応力を引き上げて跳躍、こちらに蹴りを繰り出した相手を避けつつ、ポケットから爆竹を取り出して相手に投げつける。特殊な爆竹は、投げつける際に衝撃を与えることで点火する仕組みになっており、取り出しつつ体に押し当てて衝撃を与えてから空中に放っている。
直後、爆竹が爆ぜる。もの自体は市販の火薬量と同じか少ないくらいなのだが、応利の個性は圧力の操作。圧力をないところから発生させることはできないが、発生していればいくらでも増幅できる。
爆発とは急激な圧力の変化だ。その指向性を借りることで、猛烈な衝撃波を発生させられる。
「
指向性過圧力300kPa!」
「うぉわッ!?」
敏捷性のあった構成員は、ただの爆竹ではありえない爆風に吹き飛ばされる。しかも、放射状に広がるはずの爆風は、応利が意図的に方向を絞っているため、敵にのみ向かう。周辺の廊下や天井には届いていない。
「
局所高気圧80,000hPa…!」
直後、応利は途方もない高圧の空気を上から下に向かって発生させ、吹き飛ばされた敏捷性個性の者を含む3名を廊下に縫い留めた。あまりの物理的な重圧によって失神するのを見て個性を解く。
正面には、風のようなものを纏う者と、炎を口から吐き出す者が立ちはだかる。
本来、風は応利の個性の前にはかき消されるはずだ。しかし、個性を発動しても相手の風は動かない。
「…その風、気体じゃないな」
「そうだよパスカル、これは微細な粒子だ。俺の意思で固形にも粉塵にもなるし、風に乗って動いているんじゃない」
男はニヤリとした。あれは一種、虫のようなものだ。性質上は固体であり、それも極めて細かいため、応利の個性とはかなり相性が悪い。目に見えるかどうかというレベルの細かい粒子ひとつひとつに個性をかけることはできないからだ。1粒にできても、恐らく数万にも及ぶ数すべてに分散させられない。
そしてもう1人はよくある炎系の個性だが、直後、その男が吐いた炎が隣の男の周囲に漂う粒子にまとわりつく。
「この粒子は俺が望むあらゆる形状を取れる。炎に着火することも可能だ」
「…炎を操れる、ってわけだな」
「その通りだ。これでお前の体を焼き尽くしてやる…ッ!」
そう言うなり、炎がまるで龍のようにうねりながらこちらに向かってきた。気体であれば個性が及んだが、あれは極めて小さな蝋燭の群れのようなもの、直接の干渉はできない。たとえゼロ気圧の壁を作ったところで、ゼロ気圧下にいる間は燃えないだけで、壁を突破すればまた火が付くだろう。ゼロ気圧の壁は物体を止められるものではまったくないし、燃焼という現象を止めるだけで燃焼能力をなくすものでもない。
しかも、あまり後ろに下がれば科学者たちのいる部屋に延焼する恐れがある。あまり距離を取れない。