背中を預けて−8


瞬時に応利は戦法を考える。まずゼロ気圧の壁を身にまとう。燈矢の火災事故のとき以来、ゼロ気圧を自分の体や衣服に沿って精密に展開する訓練を重ねた上に、このコスチュームは微細な隙間が布の間にあるため、その隙間に展開することで体への炎の到達はない。肌が出ている腕や首、顔は直接纏うことになるが、肌に真空を触れさせ続けるのは困難であり呼吸もできなくなるため、ここは多少の火傷覚悟で炎の中に突っ込むべきだろう。

そして炎を突き抜けて相手に接近、至近距離から応力で相手の姿勢を崩してガスマスクを取っ払い、低気圧で気絶させる。

瞬間的に戦い方を整理したところで、火傷する覚悟を決めて走り出す。

するとそのときだった。


「ぬるま湯みてェな炎だなァ」


そんな声が廊下に響くと同時に、応利に向かっていた炎の龍は、青い炎に飲み込まれた。青い炎は正確に応利を避けて廊下の奥へと進み、構成員たちに向かう。
そのあまりの高温に、炎系個性の男もたまらず悲鳴を上げた。


「っ、燈矢…!?」

『こちらトーヤ、パスカルは俺が助けます』


無線の声とリアルの声が同時に耳に響く。
背後から現れた燈矢は、応利の肩を左手で抱きながら、右手で蒼炎を出し続けていた。炎は2名の構成員を飲み込み、悲鳴が聞こえると同時に、燈矢は炎を止める。あまりに高温のため、一瞬でも焼ければそれで充分なのだ。

敵が出していた赤い炎ごとすべての炎が消える。廊下に燃え移った炎は応利が真空で消火した。先ほどからスプリンクラーが作動しないのは、戦闘を見越して防火設備を意図的に解除していたのだろう。

戦闘音が嘘のように止み、静寂が訪れる。


「大丈夫か、応利」

「あ、あぁ…助かった、ありがとな」


いつの間にか、無意識に痛む右足から力を抜いて燈矢に体重を預けていた。

燈矢を守る相手ではなく応利を支えてくれる相手だと思うようになってから随分経つが、それでも精神的なものに過ぎなったそれが、ついに物理的に守られるようになってしまった。
すっかり大人びた体躯とこちらを気遣う表情に、それを理解した。

そこに、窓が割れる音と同時に、近くの扉が開いて敵が侵入してくる。屋外に待機していた者たちが、青い炎を見て異常を察知して突入してきたらしい。
しかも、廊下の奥の方でも敵が走ってやってきている。


「トーヤ、奥の方頼んだ」

「了解、パスカルはゼロ気圧の壁で自衛しとけ」

「言われんでもやるわ、さっきも熱かったんだからな」


そう軽く話し合いつつ、応利と燈矢は背中合わせに立つ。廊下の前方と後方、それぞれを二人で分担する形だ。
あの日、青い炎の中から助け出した少年は、応利の背中を預ける青年になっていた。

そして、二人は同時に個性を発動する。蒼炎が敵を怯ませ焼き払い、応利の高気圧と応力、低気圧の組み合わせによって次々と気絶させられる。

炎の回りが激しくなったところで、示し合わせたように二人はくるりとポジションを入れ替え、応利は消火と同時にまだ接近する相手を気絶させ、燈矢は別方向への炎を展開する。


『こちらベストジーニスト、化学兵器を確保』

『こちらオルカSK、屋外の敵が減ったため科学者5名をセーフポイントまで撤退完了!』


そこに、無線で状況報告が入る。捜査部隊の任務はこれで完了だ。これによって、応利たちは撤退可能となる。


『司令部よりパスカルへ、制圧部隊による本館の一斉制圧に入ります。トーヤとともに撤退してください』

「こちらパスカル了解」


ちょうど、こちらに接近していた者たちはあらかた片付いた。あとは、制圧部隊がいる北側から逃げてくる者たちくらいとなるだろう。


「撤退しよう」

「おう。じゃ、力抜いてろ」

「は、」


すると燈矢は、おもむろに応利を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる横抱きだ。一瞬のことだったため抵抗できなかった。
燈矢の端正な顔立ち越しに天井が見え、それなりに重いはずの応利を軽々と抱える燈矢は涼しい顔で出口へ向かう。


「なっ、お前…ッ!」


さすがに顔に熱が集中し下ろさせようとしたが、ぐっと強く抱かれてしまい動けない。それに、戦闘終了によるアドレナリンの減衰に伴い足の痛みが急に強くなってきているのも確かだった。
仕方なく力を抜いて、体を預ける。しかし顔を見られたくなくて、燈矢の鎖骨あたりに顔を埋めた。


「…ハ、やっぱあんた可愛いよな」

「うるせー…」


上機嫌な燈矢にすべて諦める。外に出れば冬の寒い風が吹き付けるが、体温が高い燈矢に抱かれているためあまり寒さを感じない。
夜空の下、戦闘が終わって落ち着いているはずなのに、いまだに心臓が鳴り続けていた。


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