背中を預けて−11
火災旋風という、大規模な火災で発生する上昇気流に乗って竜巻に見える炎だ。複雑な気流によってつむじ風のようになって、それに炎が乗ることで発生する。関東大震災や東京大空襲でも見られた現象だ。
そして、温度が赤いのは、意図的に燈矢が炎の出力を極端に低下させていることを意味する。燈矢の蒼炎は、何も考えず自然に出る高温の炎だが、意識的に温度を下げてから放出することで通常の赤い炎に戻すことができる。これは、燈矢が炎司と違って冷の体質であるからこそできる極端な温度調整だ。500度以上温度を下げて出力することは炎司には不可能である。
このくらいの温度なら、今の燈矢が火傷を負うことはない。
空に立ち上った炎に相手が動揺した、そのとき、火災旋風のなんと下方から一気に燈矢が飛び出した。相手の目線は当然上に向くし、もし中を移動するなら上から出てくると思うだろう。下の方は大規模な炎に包まれており、燈矢が火傷しやすい弱点を持つことを多くの生徒が知っていることからも、相手は上に移動したと思うはず。
その意表を突いて、燈矢は竜巻の下部から飛び出し、相手生徒の首筋を手でつかんだ。
こうされてしまえば、相手に打つ手はない。少しでも蒼炎を出されれば命を落とす。審判が続行不能を宣言し、試合は終了した。
『勝者、轟燈矢!!』
「すごい、燈矢兄優勝だ!!」
「すげーっ!!」
アナウンスが響くのと同時に、スタジアムを大歓声が揺らす。冬美と夏雄のはしゃぐ声がギリギリで聞こえた。
知らず止めていた息を吐き出す。本当に、燈矢はやり遂げたのだ。
そうして、物理的に熱戦となった決勝戦が終了し、見事、燈矢は3年連続優勝をつかみ取った。
例年通り表彰式が行われ、優勝者にインタビューが行われる。
燈矢にこうしてマイクが向けられるのは珍しい。女性のヒーロー教師がコメントを求める。
『さて、見事に3年連続総合優勝を勝ち取った轟燈矢君。優勝した感想は?』
『ヒーローを目指してた俺に、小学生のころから寄り添って訓練を見てくれてたのは、雄英のOBでもあるパスカルだ。俺がここにいるのも、こうして優勝できたのも、全部パスカルのおかげ。同じ3連覇っていう結果残せて満足だ』
なんと燈矢は、あの壇上で応利の名前を出した。しかも、こちらを見上げて珍しく嬉しそうに笑ったものだから、あちこちから女性の悲鳴と歓声が上がる。
その視線を辿り会場中の目がこちらに向いたため、応利は一応手を振っておく。それにはまた別の歓声が上がった。
感慨深いのは、応利も同じだ。
雄英に入学し、憎む父親からも学び、応利を助け、体育祭3年連続優勝まで成し遂げた。これだけの努力と結果を成しえた燈矢の心に、ずっと応利がいたのだという。
こうしてはっきりと示されてしまえば、燈矢の応利に向ける感情を、疑いようもなかった。
体育祭終了後、応利は仕事があるためエンデヴァー事務所に寄った。バーニンからは「がっつりテレビ映ってましたよォ!」となぜか煽られた。
適当にいなしつつ、炎司の執務室に入り、出勤の挨拶をしてから炎司に尋ねる。
「試合、見てました?」
「…あぁ。まったく、離れた位置の炎のコントロールがなっとらん。それに、あの程度の風に流されるような流速では遅すぎる。まだ教えてやらんといけないことが多い」
感想を聞いたつもりだったが、やはりダメ出しが返ってくる。案の定だ。
そして、非常に細かく燈矢の戦いぶりを観察し評価していたのも、予想通りだった。
茶化してやろうかと思ったが、窓の外を遠い目で見つめる炎司の横顔がなんだか泣きそうに見えて、応利は「そうですか」と返すにとどめた。
成長を喜んでいるのか、自分のせいで燈矢が死にかけ、このような未来が来なかったかもしれなかったことへの後悔を改めて感じているのかは分からない。すべての感情が込み上げているのだろう。
「…だが、お前のおかげ、というのは真実だろう」
一方、存外しっかりした口調で炎司はそう述べた。ダメ出しをしつつまだ教えることがあると言ったのに対して、燈矢が成し遂げた結果は応利によるものだと言っている。
そこもきっと、炎司の父親としてのせめてもの線引きなのだろう。父親として振る舞えなかったことの罪を、忘れるつもりはないらしい。
「あなたが言うなって感じですけどね?」
それに対して、応利は今度こそ茶化して答えた。
炎司がどれだけ罪の意識を背負っていようと、燈矢は炎司を許さないし、炎司と和解することもない。恐らく焦凍もそうだろう。応利だって、炎司が家族にしたことは許されないことだと思っている。
それでも、なんだかんだ、応利はこの哀れな男を突き放すことはできなかった。