消えない過去、生きたい未来−1


季節は夏になり、8月となった。

この夏、燈矢は最後の夏合宿となり、同時に夏雄は中学1年生のため、部活の合宿が入っている。

夏雄はバスケ部に入っており、高い身長を活かして1年生ながら活躍しているそうだ。すでに応利とほぼ同じ身長なだけある。
バスケ部に入ると聞いたときは「モテるなぁ」と言ったものだが、夏雄は「応利君に言われても…」と困惑していた。悲しいかな、実は女子が少なかったことや仕事が忙しすぎることもあり、応利に出会いはない。

合宿前日、洗濯した体操服などを居間で畳む。用意できたものから順次燈矢が持って行くためだ。タオルやシャツなどは何枚も使うため量も多い。

てきぱき作業していると、燈矢が居間にやってきた。そして、畳に座って作業している応利を後ろから抱き締めてきた。


「なんだよ」

「寂しくて泣くなよ」

「あ?」

「うわ…」


応利が睨むと、座卓に座ってお菓子を食べていた夏雄が引いたようにする声も響いた。夏雄が見ている目の前でこういう接触をしているからだろう。夏雄が中学生に上がり、いろいろ配慮もいらなくなったと判断したのか、燈矢は最近、こういう接触を隠さない。

だが応利は現在、合宿を明日に控えた今日になって追加で必要なものを言ってきた燈矢にキレながら怒涛の洗濯を終えたところなのだ。機嫌はあまり良くない。


「調子乗るな早くジャージ出せ」

「はいはい」

「ったく…」


今日使った分のジャージを出せと凄むが、燈矢は気にせず軽く応じて去っていった。それを見ていた夏雄は、ため息をついた応利に口を開く。


「でも実際寂しそうにしてたよね?」


よく人を見ている夏雄らしい、素晴らしい観察眼だ。図星である。
しかし世の中には気づいても口にしない方がいいことも多くある。これがそれだ。

応利はギンッと夏雄を睨む。


「ハッ倒すぞお前も早くタオル出せつか合宿の必要なもの教えろ」


一息に言えば、夏雄はすぐにお菓子の袋を持って立ち上がる。
だが、夏雄は怖がるどころか心なしか嬉しそうにしていた。最近、応利は夏雄にも容赦なくなってきたのだが、それが子供扱いが終わったようで嬉しいのだろう。
そういうところはまだまだ可愛らしい。

それにしてもそんなに分かりやすかったか、と、応利は燈矢の体操着を畳もうととして手に持ってため息をつく。
すると、よりにもよってちょうどそこにジャージを持ってきた燈矢が居間に現れた。


「…マジで可愛いことすンな、行きたくなくなる」


さすがに後ろ蹴りが出た。



それから数日後、ほぼ同じタイミングで燈矢と夏雄が合宿を終えて帰ってきた。
燈矢の方が1日早かったのだが、応利は仕事ですぐに洗濯を回せず、結果、二人分の大量の洗濯物に頭を抱えている。

だが早くやらなければ悪臭の原因にもなる。応利は覚悟を決めて洗濯を回すが、燈矢には手伝いを強制し、冬美も自主的に手伝いを買って出てくれた。

燈矢には水に濡れた重い洗濯物の運搬をさせ、応利は冬美とともに、炎天下の中で庭に洗濯物を干す作業となる。
二人で干していると、屋敷の中から炎司と燈矢の軽い言い争いが聞こえてくる。二人の家での会話などほとんどがないが、あってもこのような諍いだけだ。それでも、そこには明確な断絶や拒絶はなく、きちんと反発という形で、二人が向き合っていることが分かるものだった。

そんな声が聞こえてくることに呆れつつどんどん服を干していくと、隣でタオルを洗濯バサミに挟んでいる冬美が笑う。


「応利君、燈矢兄帰ってきて嬉しそうだね」

「お前もからかってんのか」

「別に〜?」


そういう冬美の方が楽しそうにしている。燈矢と炎司の関係がやや改善傾向にあることが嬉しいのだろう。普通の家族に憧れる気持ちはずっと彼女の中にはあって、それに一歩ずつ近づいていると感じているようだ。実際には、焦凍と冷の問題という致命的な壁があり、それは応利の及ぶところではない。

そこに、最後の洗濯物を入れた籠を持って燈矢もやってきた。干す作業に加わるが、すぐに炎天下の暑さに文句を垂れた。


「暑ィ……」

「燈矢兄、夏は熱が籠るもんね」


そう言って冬美は冷気を出した。冷の個性を持つため、冬美は夏場に涼しい風を出してくれることがよくあった。
燈矢はオフのため髪を下ろしており、それも相まって余計に暑そうに見える。

もう終わるため、応利は先に作業を止める。


「よし、もう終わりだな。あとそれだけ二人で頼む。アイス出してくる」

「やったー!」


冬美は純粋に喜んでくれたが、燈矢は聞いていない。暑さにめっぽう弱いのだ。

道中、応利は夏休みの宿題に追われる夏雄と、炎司の訓練の休憩時間となっている焦凍を呼び出す。全員分のアイスを持って縁側へ来れば、ひさしの影に集まっていた。
冬美と夏雄が燈矢の両隣に座って冷気を送ってやり、焦凍はそれを見ながら夏雄の隣にちょこんと座っている。相変わらず美男美女の血筋だ。


「ほら、好きなの選びな」


応利は棒アイスを子供たちに見せる。夏雄が焦凍に先に選ばせ、続いて冬美が夏雄に選ばせる。燈矢は「なんでもいい」と述べたため冬美が選び、最後に応利が選んで残ったものを燈矢に渡した。

これくらいの子供たちの接触なら、もう炎司は目くじらを立てない。
一方で、焦凍はどんどん口数が減っており、こうして兄たちと一緒にいてもあまり喋らないし、一緒に遊びたいとも言わなくなっていた。
こればかりは母親とのことが根本的な原因であるため、応利にはどうしてやることもできない。

だが、夏雄が「こぼれてるぞ」と言いながら焦凍の手を拭ってやっているのをみると、少なくともこうやって一緒の時間を過ごすだけでも、きっと未来の焦凍が過去を振り返ったときに思い出せる思い出が多くなり、未来の焦凍を1人にしないでおけるのではと思う。

こんな光景を見ることができない冷、見ることを許されないと近づかない炎司が、この団らんに加わる日が来るのか。そればかりは、応利には分からないことだった。


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