それは地獄のような−3
その後、客間に荷物を置いてから、庭で遊んでいた子供たちに合流した。
燈矢、冬美、夏雄がボールで遊んでおり、それを家政婦が見守っている。冷は焦凍の、ほかの子供たちは家政婦が主に面倒を見ているのだそうだ。
日中は暑かったため、日が沈んだ夕方ごろに遊んでいるのは、体に熱が籠りやすい燈矢のためだろう。といっても、燈矢は年齢的にはもう付き合ってあげているだけ、という感じだが。
しばらく応利も一緒に遊んでやり、たまに個性を使ってボールの軌道を変えるなどの技を披露して喜ばせてやっていると、ふと、この時間に焦凍は何をしているのか気になった。
子供たちの楽しそうに遊ぶ声が庭に響いており、隔離されている焦凍がそれを聞いていたらつらいのでは、と思ったのだ。危険を回避させるため子供たちを一緒にさせないという炎司の方針はある程度合理的だが、仲間外れになっている感覚は子供にはきついはずだ。
応利は、ちょうどボールが離れた位置に飛んでいき夏雄が取りに行ったのを確認して、そっと家政婦に近づいて小声で尋ねる。
「あの、この時間焦凍君はどうしてるんですか」
「最近は、旦那様と個性の訓練をされていると聞いておりますよ。あそこにある道場にいるはずです」
「え…まだ4歳ですよね…?」
焦凍は燈矢と誕生日が近い早生まれで、5歳になる年代の4歳だ。それでも、個性訓練をするにはあまりに早すぎる。個性が発現して間もないころのはずだ。
応利の指摘に家政婦も顔を曇らせた。
「はい…奥様も何度か止められていたのですが…」
「…、ちょっと様子見てきます」
応利は燈矢に「ちょっとお父さんと話あるから抜けるね」と声をかけてから、庭から屋内に上がり、家政婦に示された道場へと廊下を進んでいく。
まだ高い位置にある太陽から差し込む夕方の陽ざしに、縁側の窓枠の影が廊下に差していた。
そして道場にやってきて扉を開こうとした瞬間、中から泣き声と怒鳴り声が聞こえてきた。
「この程度で泣くな焦凍!もう一度だ!」
すっと体の内側が冷たくなるような感覚がして、応利は声をかけるのも忘れてすぐに戸を開いた。
スライドして開いた扉の向こうには、武闘で用いるような広い道場があり、その中心で炎司が仁王立ちしている。その足元には、小さな子供が左半身から炎を少し出しながら蹲っていた。すすり泣く声が聞こえて、ついカッとなる。
「ッ、あんた何してんだ!!」
すぐに駆け寄って焦凍を抱き上げる。驚いたようにする焦凍を抱きしめて炎司を睨みつけると、炎司はまったく動じずにこちらを冷徹に見下ろす。
「…俺が止めろと言ったのは燈矢のはずだが」
「これ見て止めないヤツがいると思うんですか!?」
「お前には関係がない話だ。確かに燈矢のことで関わらせはしているが、ここまで首を突っ込むことは許していないぞ」
「そりゃ訓練させるなとまでは言いませんけど、これは普通に虐待でしょう!福祉施設に通報しますよ!?俺は家族じゃないし親族でもない、あんたとの利害関係もない。通報してあんたがどうなろうと俺には関係がない!」
応利は焦凍を抱え上げて立ち上がると、出口へと向かう。
「待て、どこへ行く気だ」
「手当ですよ!」
有無を言わせず怒鳴ると、応利は客間へ向かう。ヒーロースーツのセットの中に応急処置の道具も入っているためだ。
客間に入り、自分のアタッシュケースを開いて道具を取り出すと、焦凍はぎゅっと応利に抱き着いてくる。助けてくれた、と理解しているのだろう。
「今手当するからね」
焦凍は無言で頷く。子供が泣いている、それだけで、無条件に守らなければならないのだ。
この1年ですっかり慣れてしまった火傷の手当をしていると、少し落ち着いた焦凍がポツリと漏らす。
「…燈矢兄たちとあそびたい……」
「っ、」
応利は軽く息を飲む。さすがにこのまま焦凍を子供たちのところへ連れていくわけにはいかない。炎司が言っていたことは焦凍のためでもある。
きっと焦凍にとって、兄弟の存在は、「行くことができない居場所」だ。たとえそこに行くことができなかったとしても、行きたい居場所があるというだけで救いになる。どこにも逃げ場がないと思ってしまえば、一気に心が壊れてしまう可能性があった。
もしほかの子供たちと諍いになって、触れられないとはいえ確かに存在していた拠り所を失ってしまえば、焦凍の心がどうなるか分からなかった。
「…ごめんね、俺で我慢して」
そう言って頭を撫でれば、再びぎゅっと抱き着いてくる。小さな手が必死に応利の制服を握りしめるのを見て、やるせなさに目を閉じた。