消えない過去、生きたい未来−5


その後も、日用雑貨や本屋、応利のためだろう自然公園など、意外と等身大で肩肘張らない時間が続いた。冬美と違ってデートと銘打ってのものではないが実質そうであり、燈矢は落ち着いた時間を用意してくれた。

そして凝山に戻ってきたときには日が沈んでいたが、燈矢は、「最後に行きたいところがある」と言ってバスで駅から山間へと向かった。
バスを降りると、目の前に広がる見慣れた山道に驚く。

そこは瀬古杜岳のふもとで、これまで何度も、この山道を登った。ただ、ここへ来たのは燈矢が2年生のときの体育祭前の訓練が最後であり、3年生の体育祭の訓練は炎司が家の道場や事務所の訓練施設を使うことを許可していたため、1年半は来ていないことになる。


「…デートの最後に山登りはモテねぇぞ」

「あんた以外にモテる必要ねェしな。それに、ここに来るのは多分これが最後だ」


さらっと燈矢はそう言ったが、すぐに歩き出す。暗い山道のため、燈矢がスマホのライトで照らしながら進み、その後ろに続いた。
慣れた山道であり、目を瞑っても歩けるほどだ。それに今日は月がよく出ており、月明かりがわりと明るく照らしていた。

山道を上ること15分、いつも訓練をしていた沢のほとりにやってきた。見渡すと、やはり周囲の木々には焦げ跡が僅かに残っていた。沢の冷たい水は月を反射して輝いている。


「…5年前は、もっと暗かった気がするな。新月だったのか、煙のせいか」

「そうだな、こんな明るくなかった。俺の目には、そう見えてなかっただけかもしれねェけど」


あの火災事故から、ちょうど5年になる。
当時13歳の少年だった燈矢は今、18歳の青年として目の前に立っている。オフのため髪を下ろしていることもあり、あのときのことを思い出させる。

燈矢はある木のふもとに立つ。その木は枯れ木となっており、もうずっと葉がついていない。恐らく木の中まで燃えてしまったのだろう。いつ倒木してもおかしくないが、5年間、立ち続けていた。


「あの日、俺はここに座ってた。親父が来てくれるのを、もう一度俺を見てくれるのを待ってた。実際来てくれると思ってたのかは、今も分からねェ。それでも、日が落ちて暗くなってもあいつは来なくて、俺が何をしても、どれだけ願っても、俺のことを見てくれることはねェんだって、そう、気づいた」

「…、」

「そんで気づいた瞬間、炎が噴き出した。今まで出したこともない、すげェ火力の炎が」


燈矢を心配して山道を上っていたときに、燈矢の炎の明かりが現れて、急いで駆けつけた。無理に応力を引き上げて飛び出したために足の骨に罅が入ったが、その痛みすらほとんど感じていなかった。


「どう頑張っても炎が消えなくて、自分の体なのに、自分の心なのに、言うことを聞かなかった」


燈矢はそこで振り返る。


「でも、そこに応利が来てくれた。たすけて、って言ったら、あの炎の中に飛び込んで、俺を抱き締めてくれた。俺が覚えてるのはそこまでだ。それでも、あのとき抱き締めてくれた感覚は、ずっとずっと忘れなかった」


冬の強い風が木々の合間を吹き抜け、葉を揺らす音が響く。
その音を合図に、応利はあのときのように一歩踏み出して、燈矢を抱き締めた。

あのときは応利の方がずっと背が高かったために抱き締められたが、今となっては抱き着くという方が正しい。身長も体格も燈矢の方が大きく、回した腕は余ってしまい、目線の位置にピアスの光る綺麗な鼻筋が来る。

寒い冬の夜、応利を抱き締め返す燈矢の温もりが心地よかった。


「生きて、こんなでかくなったんだな」

「俺はあんたに生かされた。だからってわけじゃねェけど、あんたのために生きたいと思った。あんたのそばで生きたい、一緒に戦いたい、守りたい、勝ちたい。全部あんたと一緒がいい」


耳元で燈矢の綺麗な声が響く。その声は少し震えていた。寒さに強い燈矢が、寒さで声が震えるわけがない。滲む感情は、抱き締められて触れ合う部分からも伝わってくるようだった。
一緒にヒーローになりたい、という目標は、より広範で深いものになっていた。


「エンデヴァーのこともオールマイトのことも、もうどうでもいい。ただ、応利と一緒に生きていきたいんだ」


オールマイトを超えることを炎司に求められ、それが自分の生まれた意味だと信じて、その存在意義を奪われてもそれに縋って、そしてあの炎に包まれた。
あのときの苦しみ、絶望、痛み、悲しみはすべて消えない。炎司が燈矢や冷、焦凍、家族にした罪も消えない。過去は過去であり、どうあがいてもそこに存在し続ける。

それでも燈矢は、そんな消えない過去を乗り越えて、応利とともに生きる未来を願ってくれた。

告白を通り越してプロポーズのようなものだが、いつだって人生をかけてヒーローに、そして応利に向き合ってくれたのだから当然のことだ。それを一番近くで見てきたからこそ、一番よく知っている。


「…俺も、冬美に言われた。これからも一番近いところで、一緒にいたいって思えるなら、それが好きだってことだって」


少しだけ体を離して、至近距離で燈矢の精悍な顔を見上げる。わずかに体を離しても、依然として腕の中にいた。燈矢とこの距離でいることが、存外、応利は好きだった。


「俺もな、燈矢。お前のことずっと見てきて、一緒に過ごして、努力して、戦って、分かったよ。これからもずっと、そうやって一緒に生きていたいって」

「応利…っ、」

「明日も、その明日も、そのまた明日も、ずっと。燈矢と一緒に生きていきたい」


燈矢といる明日がほしい。それが応利の想いであり、一言で言い表せない大きな感情の核心だった。

燈矢の顔が泣きそうに歪み、応利も視界が滲む。隙間を埋めるように、どちらともなく、二人は再び深く互いを抱き締めた。
5年前のあの日を乗り越えて、二人は今、同じ想いと願いを持って、ここに立っていた。


80/97
prev next
back
表紙に戻る