消えない過去、生きたい未来−7


応利は今回、ある程度修学旅行感を出しつつ大人の二人旅をするつもりでいたため、燈矢が旅行の内容自体には拘りがなかったこともあり、どこに行くかは応利が決定していた。
逆に食べたいものについては燈矢の希望を聞いている。

京都駅に到着し、駅前のホテルにチェックインしてまず荷物を置く。ホテルにチェックインできる時間ということもあって、すでに14時を過ぎているが、今日はもともと市内中心部を少し観光するにとどめる予定だった。

まずは電車ですぐの東寺に向かう。寺社仏閣への興味がまるでない燈矢がどういう反応をするのか見てみたかったため、京都市内でも典型的な寺院を選んだ。

境内に入ると、燈矢は周りをきょろきょろと見渡す。


「…音が一気に減ったな」

「不思議だよな、大通りに囲まれてんのに、境内に入ると静かになる」


高い塀や豊かな木々のおかげで、幹線道路に囲まれているはずの敷地内は静寂に包まれている。
道を進めばすぐ、巨大な本堂や講堂の威容がそびえたっていた。木造建築の荘厳な姿には、さすがの燈矢も感心したようにしていた。

さらに講堂に入ると、国宝に指定された仏像たちの曼陀羅が広がる。


「全部、国宝と重要文化財に指定されてる」

「すげェな」

「超常黎明期、たくさんの文化財が盗難の被害に遭った。最終的に、京都の仏像とかはまとめて警察や自衛隊が秘密裏に移送して保護したけど、いまだに行方不明のものも多いんだ」


中学の修学旅行は、前超常時代の戦争に関する平和学習と、超常時代の混乱期に関する個性史学習が主な目的となる。
個性を持った者が徒党を組んで強盗に及んだとき、当時の警察は手も足も出ず、ヴィジランテと呼ばれる自警団が活躍するようになるまでは、国宝などの文化財ですらなすすべなく盗難の憂き目にあった。

1000年以上前にこれをつくった人がいて、それを残してきた人たちがいて、そうしたものが戦争や超常の混乱によって失われそうになっていた。その事実を肌で感じるにはうってつけの場所だ。


そうして一通り見て回ったあと、タクシーで移動して次は三十三間堂を訪れた。
無数の仏像の群れは、寺社仏閣に興味がなくても圧巻の光景だ。これには燈矢も興味深そうに眺めており、応利も中学の修学旅行ぶりのため「こんなに多かったか」と思ってしまうほどだった。

さらに今度は電車と地下鉄を乗り継いで移動し、京都御所にやってきた。御幸や皇室行事のない期間は一般公開されており、広大な敷地に点在する建物の外観を見て回ることができる。

敷地が広いため、観光客が多くても混雑を感じにくい。独特の白い砂利道を歩いていると、春ののどかな空気に心地よい風が吹き、早咲きの桜や花の香が漂ってくる。


「晴れて良かったな、この時期雨になりやすいのに」

「応利の功徳だな」

「そこは自分のって誇らねぇんだ…」


文脈的には自分の徳だと誇るような場面だが、燈矢はなぜか応利を立ててきた。なんだそれ、と思いつつ、二人はそんなとりとめもない軽い会話をたまに続けながら、ゆっくり敷地を歩く。

3月末はちょうど桜も見ごろを迎える時期であり、桜目当ての観光客でごった返す。だが、桜が咲いている場所は限られているため、そこを避ければあまり人と出くわさない。
御所は人が集まる方の場所だったが、二人とも変装として黒いマスクをしているため、あまり気づかれることはなかった。


「ほら燈矢、あれが建礼門。正門みたいなポジションだな」

「あー、建礼門院徳子のやつ」

「そうそう、名前の由来だな。で、正面が承明門、その内側が紫宸殿、後ろにあるのが清涼殿」

「清涼殿は道長が大鏡の中でよく出てきたとこだよな」

「そう。ただ、実際には内裏の位置は変わってるし、火災で焼失してるから、古文の世界のものとは大きく違うんだけどな」


二人とも偏差値70オーバー、中学時代に日本で最も学力が高い生徒の1人だった。
すらすらと覚えていた施設名称を述べる応利に、関連する古文の知識を即座に引っ張り出す燈矢。
応利はともかく、燈矢はイヤーカフやピアスなど、髪を下ろしているとはいえ見た目には不良な出で立ちだ。これで成績トップだったとは信じがたくもある。

春の強い風が一瞬吹いて、燈矢の癖っ毛が揺れる。髪を下ろすと若く見えるものだが、燈矢の場合、こちらの方が大人びて見える。一方で、仕事モードで髪を立てているときよりリラックスしているため、独特の色気のある格好良さだ。

自分の彼氏がイケメン過ぎる、と思ったとき、燈矢が彼氏だという事実をなぜか自分で勝手にリフレインしてしまい、勝手に照れてしまった。
春の暖かさのせいか、旅行という非日常のせいかは分からないが、浮かれている自分を客観視するといたたまれない。それでも、そんな自分を嫌だとはまったく思わなかった。


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