消えない過去、生きたい未来−8


夜、18時頃に少し早めの夕食を河原町の料亭でとり、バスで駅前に戻ってホテルに帰ってきたころには19時半を過ぎていた。

応利は平静を保っているが、心の中では、京都駅前に向かうバスの中からすでに緊張でいっぱいいっぱいだった。よくいつも通り喋ることができたものだ。
燈矢も努めて平常心を維持しているようだったが、ホテルに着いた頃には口数が減っていた。

ツインルームに入り、とりあえずベッドのフットカバーに座る。


「先シャワーしてきていいぞ」

「…分かった、先借りる」


謎の緊張感の中、燈矢は素直に浴室へ向かった。ユニットバスなどではなく、きちんと独立したバスタブ付きの浴室だ。
ホテルには大風呂もあるのだが、二人とも体に火傷があることや顔が知られていることもあり、部屋のもので済ませる以外の選択肢はない。

燈矢が先にシャワーすることに頷いたのは、応利には準備することがあるからだ。
前に燈矢が応利のことを抱きたいとストレートに伝えて来てくれていたため、応利は受け身に回る覚悟をしてある。そのため、いろいろ準備が必要なのだ。

スマホで一応業務連絡がないか確認し、一通りネットニュースを見て大きな問題が起きていないことも確かめる。

少しして燈矢はシャワーを終えて浴室から出てきた。お湯が苦手でもともと烏の行水のような入浴をするタイプだが、今日はいつもよりさらに早い。髪は少し濡れているが、自分の個性で乾かしながら脱衣所から室内に戻ってくる。


「もういいぞ」

「相変わらず早いな…」


個性があってもちゃんと温まれと言っているのに聞かないため、呆れつつ応利は脱衣所に入る。

そしてついに、耐えきれずしゃがみ込んだ。

緊張しすぎて心臓が口から飛び出そうだ。中学時代に初めては卒業済みのため、こういう行為自体は初めてではない。だが、抱かれるとなると話はまったく変わってくる。
しかも相手は燈矢だ。5年にわたり同じ家で暮らしてきた同居人であり、つい最近恋心を自覚したばかりの相手である。

しかし待たせるわけにもいかない。最低限の開発は済ませてきたし、洗浄にも慣れたものだ。服を脱いで浴室に入り、シャワーヘッドを外しながら深呼吸をする。
燈矢は正真正銘初めてだ。応利がリードする、というつもりではないが、応利まで激しく緊張していればスムーズに進まない。あえて燈矢に委ねることも大事だ。

そういろいろと考えながらシャワーをして準備を済ませ、もろもろ支度もしてから、寝巻のジャージとTシャツを着て脱衣所を出た。受け入れ態勢は完璧である。
燈矢は自分のベッドの縁に腰かけており、スマホを弄っていた。こちらを見上げたため目が合う。

何を言うべきか分からず、応利は一瞬迷ったのち、燈矢の左隣に腰を下ろした。
ここで何もする気がなければ、自分のベッドに座っていただろう。それほど距離が開いているわけでもないのに、それぞれのベッドに座るだけで、なんだかハードルが上がってしまうような気がした。

隣に座ってくると思わなかったのか、燈矢は一瞬肩を揺らす。
そして一つ深呼吸をしてから、応利の肩をそっと抱いた。湯上りの体でも温かく感じる燈矢の体温に誘われ、その顔を見上げると、余裕のない目がこちらを見つめていた。


「…、明日もあるから何もしねェって決めてたンだが…やっぱ無理だ」

「ヒーローなんだからそんなヤワじゃないって」


どうやら燈矢は、今日は手を出すつもりがなかったらしい。そのわりに、それを前提にした動きだったようにも思う。応利の出方を探っていたのだろう。まるで心理戦だ。
そういう駆け引きを燈矢としているのが少しおかしくなり、応利は小さく笑ってから、燈矢の肩に頭を置いた。


「俺も、準備してきた、から…その、燈矢さえよければ」

「…あァークソ、心臓に悪ィ…!」


燈矢は呻くように言うと、そっと応利をベッドに押し倒した。ベッドヘッド側に腰かけていたため、燈矢に倒されたことで、重ねられていたクッションや枕に上半身を預ける姿勢となる。完全に横になってはいない。
そんな応利の体を跨いで、燈矢は覆いかぶさるように顔を寄せる。間近に端正な顔が迫り、応利は目を閉じる。


83/97
prev next
back
表紙に戻る