消えない過去、生きたい未来−12
ツインの部屋なのに結局一緒のベッドで寝た二人だったが、特に体に問題などもなく、無事に翌朝を迎えた。
応利の体調や腰にもまったく影響はないため、今日の観光にも問題はないだろう。
ホテルで朝食を取って、部屋で休憩しつつ朝の支度をゆっくり整えてから、ホテルを出発して京都駅へ向かう。
2泊で来ているため、今日は丸一日行動日となる。そのため、足を延ばして奈良と宇治での観光を行うことにしてあった。
通勤ラッシュは過ぎた時間だが、今度は観光客が多く出てくる時間であり、それなりに混みあう私鉄の電車で奈良県へと移動。
奈良駅に到着し、すぐ参道を進めば東大寺に到着した。
奈良公園の鹿に群がる外国人たちを横目に境内を進めば、参道の先に巨大な建物が姿を現す。燈矢は建物を見上げて思わずといった様子で呟く。
「…実物はでけェな」
「写真で見るだけじゃ分からないモンだろ?」
50メートル近い高さを誇る巨大な建築物である大仏殿は、今もなお、世界最大の木造建築物の座にある。ただ、いろいろと注釈はつく。
「単純なでかさだけなら、大仏殿より大きい木造建築は他にも存在するんだ。木造建築ってものの定義自体、100%木でできてる必要はないしな。でも、100%の木造建築、つまり純粋に木と人の技術だけで作られた建築物としては、依然として東大寺大仏殿が世界最大のままだ」
「現存してンのは18世紀の建物だろ?」
「大仏殿はそうだな。南大門は12世紀ごろの再建、大仏殿の裏にある二月堂は17世紀の再建でいずれも国宝」
思わず立ち止まって大仏殿を見上げる。これがすべて完全な木組みとは信じがたい気持ちになる。燈矢もさすがに驚いている様子だった。
「どれも再建したやつ?」
「いや、ごく一部の建物は創建時のままだな。例えば二月堂の横にある法華堂、三月堂とも言うけど、これは奈良時代の8世紀の建築がそのまま残ってる。ほかに、正倉院のところにある転害門、非公開の本坊経庫が8世紀の創建当時のままだ」
「詳しいな」
「俺は旅行で下調べし尽くすタイプなんでな」
すらすら出てくるのを聞いて、燈矢は苦笑する。イメージに違わないからだろう。
「効率厨だよな」
「無駄が嫌いなんだよ。ほら行くぞ」
予定を詰め込んでいるわけではないが、なんであれ時間やリソースの無駄には敏感な性質だ。わりと合理性重視でたまに情緒を無視するところは、燈矢も長い付き合いでよく理解してくれている。
その後東大寺を回り終え、二人はレンタサイクルで薬師寺と法隆寺をめぐることにした。実はこれは燈矢の希望だ。乗り物酔いしやすいこともあり、なるべくバスやタクシーを使わずに移動したいということで、自転車を提案したところ二つ返事で応じた。
実際、人混みを避けられるという点でも良いし、春の爽やかな風を浴びながら田園風景の中を自転車で突っ切るのは気持ちよかった。
走りやすいクロスバイクで、応利が先導して田畑の合間を抜けていく。気持ちよい春の青空の下、山間にところどころ桜のピンクが混じり、のどかな光景が視界いっぱいに広がる。
「案外悪くねぇな、これ」
静かな道とはいえ、自転車で前後に並んで走っている以上、声は届きにくい。いつもより声を張って後ろに声をかければ、燈矢もやや声を張って返す。
「最初から自転車にしといてよかっただろ?」
「つっても、俺たちだからできるんだからな。普通に20キロ近くあるぞ」
奈良駅周辺から法隆寺、薬師寺と自転車でめぐるというのは非常に距離があるうえ、盆地特有のアップダウンもあり、普通はやらない手段だ。あくまで、法隆寺周辺、薬師寺周辺など、各スポットでのエリア内移動で用いるものであって、エリア間の移動はバスや電車を使うのが一般的だ。
使っているのがクロスバイクで、二人が若手ヒーローだからできることであり、一般人にできることではない。だからこそ、応利も最初はそこまでサイクリングで済ますことは想定していなかった。
だが、時間もかかるし体力も使うものの、これはこれで快適だ。まだ風が冷たく、暑すぎないのもちょうどよかった。
「でもあれだな、どうしても隣にいられないのはデメリットだな。せっかくなら燈矢とずっと隣にいたい気持ちもないわけじゃないし」
「は?それ先に言えよ、今からでもバスにするぞ」
「もう遅いっての」
ただ、自転車で横並びに走るのは違反行為だ。どうしても隣にいられないため、一緒にいる感覚が薄れる。
それを言えば、燈矢は簡単に態度をひっくり返す。もうすでに二人はバスどころか地元の車すら見かけない普通の道を走っていた。
結局、郡山で自転車を返却し、そこから電車で法隆寺に移動することになった。
電車で隣に座ると、燈矢も「やっぱこっちのがいいな」などと言い出す。意外とこういうところはポンコツなんだな、と、いら立つどころか可愛らしく思えるあたり、応利も大概だ。