消えない過去、生きたい未来−13
法隆寺と薬師寺の観光を終えたときには、やはり自転車よりずっと早くに移動できたため、想定していたより時間が余っていた。
そこで、せっかくならと伏見稲荷大社も立ち寄ることにした。このあとは宇治に向かう予定だ。
案の定、観光客でごった返しており、軽くテーマパークのようだ。あまりにテーマパーク化されているのを見て、燈矢も微妙な表情をしている。
「こんなんなんだな、伏見稲荷って」
「中に入れば雰囲気変わるぞ。一応」
「あてにならねェな…」
あまりの人混みに燈矢の表情も引き攣る。
ただ、来たからには一度見ておこうということで、二人は境内の奥へと進んでいく。
早速、大きめの鳥居の前で観光客の写真撮影渋滞ができており、そこをかき分けて、千本鳥居の続く参道に入る。
狭い幅員だが、この辺りは一方通行で往復の通路が分かれているため、人の流れは一定だ。
やはり鳥居が無数に並ぶ光景は圧巻で、通路の先を見るほど鳥居が重なって見えるため、美しい朱色の空間となっている。
だがやはり人が多い。ほぼ人間を見ているようなものだ。
一度鳥居が途切れたところで、応利は復路を示す。
「ここで引き返せる。これ以上進むと、もうゴールまで山道を登るしかなくなる」
「引き返すぞ」
「良かった、これでまだ行くとか言われたらどうしようかと思った」
燈矢はすぐに了承したため、二人はそこで引き返す。復路の方がずっと空いており、鳥居が並んでいるところを見たいというなら、復路の方がその目的を達成できそうだった。
そうして伏見稲荷を早々にリタイアした二人は、また電車で少し南に戻り、宇治市に入る。先に宇治に行かなかったのは、薬師寺からの電車移動の都合だ。この辺りは鉄道網が非常に複雑で、地図上の見た目の直観とは異なるルートの方が早かったりする。
和風の家に生まれ育った燈矢は、抹茶など日本茶には舌が肥えている。宇治の歴史ある茶屋に興味を示していたため、宇治ではゆっくりと茶屋をめぐることにしていた。
途中、宇治川を越えて山のふもとを並行に走る「さわらびの道」という遊歩道に差し掛かった。
この辺りは観光客の姿もほとんどなく、新緑の木々の爽やかな風と匂いが、木々のアーチに覆われた木漏れ日の溢れる道を吹き抜けていく。
「人全然いないな」
「そうだな」
前にも後ろにも人の姿がないため、応利はマスクを外す。応利を見て燈矢もマスクを外した。途端に、緑の匂いがダイレクトに鼻腔を満たし、深く呼吸する。
梢のこすれる音と、たまに鳥の鳴き声だけが響く静けさがひどく心地よかった。
「…こういうの、悪くねェな」
燈矢も珍しくそう感想を漏らす。右隣を歩く燈矢の横顔を見上げると、精悍な顔立ちに落ちる木漏れ日が白髪とピアスに反射した。心地よさそうに目を細めるのを見て、二人でこの空間の穏やかさを共有していることが、なんだか堪らなく嬉しくなった。
そして誰もいないのをいいことに、応利はそっと、燈矢の左手を握る。燈矢は一瞬驚いてから、すぐに握り返してくれた。
「燈矢と一緒だから、尚更いいなって思う。なんつか、好きだなぁ、って感覚に集中できる感じがして」
「っ、クソ、応利からそういうこと言ってもらえンの、慣れてなさすぎて心臓に悪ィ…」
「確かに、燈矢から俺には告白する前からちょくちょく言ってきてたもんな。今までずっと俺が動揺させられっぱなしだったんだから、引き分けだろ」
「別に勝負はしてねェけどな…」
ヒーロー科の性分というやつか、つい勝負事のように考えてしまう。それに揃って笑い、ゆっくり歩を進める。
右手を包む燈矢の温もりと、たまに肩が触れ合う距離の近さ、そして春の風が吹き抜ける穏やかな時間。派手なものでもなければロマンあるものでもないかもしれないが、それは確かに、幸せの形だった。