消えない過去、生きたい未来−16
翌日、ホテルをチェックアウトしてから荷物をフロントに預け、二人は最後の観光に出た。
今日は最後に、京都市東部の東山地区を回る予定であり、主に清水寺や八坂神社、祇園周辺だ。
ただ、名所としては清水寺と八坂神社、二年坂・三年坂くらいで、基本的には食べ歩きや土産探しがメインだ。観光はもう十分してある。
最初に八坂周辺や祇園を見てから、歩いて南下し、清水寺を参拝してから、帰り道の清水寺の参道で土産物を見て回る。
冬美には甘いものがいいだろうか、と八つ橋を見つめるが、燈矢は首を横に振る。
「うちに甘いもの好きはいねェぞ。冬美ちゃんもしょっぱいモンでいい」
「マジか…や、でも、せっかく宇治で抹茶も買ったし、和菓子は一つくらい買ってく」
「自分用じゃねェか…」
誘惑に勝てず、自分用に八つ橋を購入する。
では冬美たちにはどうするのかと燈矢の後に続くと、まさかのちりめんじゃこを手に取る。漬物などご飯のお供の店だ。
「冬美ちゃんはご飯が進むヤツ一択。夏雄はそうだな、九条ネギのえびせんとか」
「なるほど…確かに」
言われてみればしっくりくる。さすが長男、妹・弟それぞれに適したチョイスだった。さらに、意外にも焦凍の分も考えていたようで、隣の工芸品の店で商品を手に取る。
「焦凍は箸。まだあいつの大人用の箸ねェだろ」
「そうだな、来客用のしか他にはないから、まだ焦凍のは子供用のヤツだけ」
「じゃあこれ。そろそろ大人用の箸がいいって言いだすだろ」
「…そっか。じゃ、燈矢が選んだって言って渡そう」
焦凍の好物などを知っているわけではなくとも、きちんと焦凍の立場になって考えていた。こういうところは兄貴だと思うし、口ではいろいろ言いつつ、本当に優しい性分だ。
「別にわざわざ言わなくてもいいだろ。つか、応利からもらっても喜ぶんじゃねェの」
「燈矢からのものならもっと喜ぶよ。いつか焦凍が燈矢の過去を知ったとき、恨まれたり憎まれたりしてたんじゃないかって不安になるはずだ。そんときに、思い出が支えになる」
いつか、焦凍が生まれたせいで燈矢が追い詰められ死にかけたのだと知れば、きっと焦凍は自分を責めるし、兄にどう思われているか不安になる。
そのときに、兄との思い出や、自分のために箸を買ってくれたという事実が、焦凍の不安を和らげてくれる。
「プレゼントって、渡した瞬間だけのものじゃねえからさ」
「…そういうのは、応利に任せる」
「はいはい」
燈矢にとっても、いまだ純粋にただの弟、というわけではない。しかし今のこれは、ただの照れ隠しだ。焦凍を想う気持ちを、もう否定することはないのだろう。
そうして土産も購入し、夕方になったため、二人は帰路についた。
半端な時間の、それも静岡に止まる新幹線ということで、乗客は少ない。今回はグリーン車の方がかえって人が集中して混雑していたため、スカスカの普通車を選んだ。
ほとんど乗客がいない車両の中で、二人席に並んで座る。応利は窓側に座っており、夕暮れの空の下、静かな新幹線の窓からは飛ぶように景色が過ぎていく。
あっという間の2泊だったが、燈矢は満足そうだった。
「どうだった?リベンジ修学旅行」
「あの頃行っときゃよかった、とは思わねェけど、応利と一緒に旅行すンのはいいな」
「この仕事してると難しいけど、結構地方の出張とかも多いから、そういうのは一緒に行けると思うぞ」
まとまった休みを取りづらい職業だ。だが、一緒にヒーロー活動をしていれば、二人で地方出張ということもあるだろう。そのときは、仕事さえ終われば少しは自由時間もある。
それに、奈良のレンタサイクルでも学んだように、移動時間だって大切だ。
「昨日風呂入ってて、温泉とかもいいなって思ったんだよな。露天風呂つきの部屋とかさ」
「まァ…たまになら」
「あとは、海とか山とか、人が少ないところもいいな。次はそういう選び方でもいい」
応利が指折りそう言うと、燈矢は目をぱちぱちとする。
「…そうか、次があんのか。そっか」
これで終わりではなく、ちゃんと次がある。二人の関係は、そういう「次」を自然に約束できるものだった。それを今更理解したのか、嬉しそうにつぶやく燈矢が愛しくて、応利はつい、左側に体を倒して凭れる。
グリーン車ではないため隣の席の間に遮るものはなく、もともとひじ掛けも格納していたため、上体すべてで燈矢に寄りかかることができた。厚い胸板に顔を寄せて体重を預けると、燈矢は何でもないようにそれを受け入れて頭を撫でてきた。
昨晩のことがあったからか、燈矢にこうして甘えた態度を取ることに、まったく抵抗がなくなっていた。
こうやって、二人で色んなことを経験していくことで、関係はより深く、前へ進んでいくのだろう。
「…次も、その次も、二人で一緒に積み重ねてくんだ。それが、二人で生きていく、ってことなんだと思う」
「そうだな。応利と一緒の人生なら、なんか先の先まで見渡せる気ィする。応利が照らしてくれてんだな」
燈矢の人生がずっと閉塞感のある暗いものだったことは想像に難くない。燈矢にとっては応利がそれを照らした、という理解なのだろうが、応利はそれを訂正する。
「それを言うなら、燈矢の炎が明るくしてくれてるんだろ。出会ったときも、あの火災のときも、体育祭で勝ってくれたときも、俺を助けてくれたときも、全部同じだ。同じなんだよ」
「っ、」
応利の言葉に燈矢は息を飲み、そして凭れる応利の体を抱き締める。
「……ありがとな、応利。愛してる」
「俺もだよ、燈矢」
二人の人生は、燈矢の炎の明かりによって交わった。だからこれからも、二人の人生を灯す炎は、きっと、蒼い色をしている。