深まる関係−6
夏雄の誕生日のあたりから、急に季節は夏に進む。
連日のように真夏日を観測するようになった梅雨明けの7月、南部の繁華街をパトロールしていると、うだるような暑さに燈矢の機嫌がみるみる下がっていた。
もともと冬美や夏雄など、冷の個性を受け継いでいる子供たちは、夏に弱く冬に強い。夏の暑さへの耐性はないが、氷の個性によって自ら涼を得ることができるのも彼らの特徴だ。
しかし燈矢は、体質だけでも夏に弱いところ、個性は炎系ということもあり、非常に暑さに弱かった。炎司や炎系のSKたちはそもそも熱に耐性があるため、暑さに強く、寒さには弱いが自らの炎で対処できる。
まさに燈矢はデメリットのハイブリッドになっているわけだ。
暑さに弱い体質の体に熱が籠り、人でも殺しそうなヴィラン顔になっているため、ある意味では極めて強い牽制になっている。こんな形相の燈矢の前で犯罪などしでかそうものなら、蒼炎によって骨も残らないほど焼き尽くされてしまいそうだ。
普段から応利と燈矢のパトロールに対して、道行く人々は応利へと比較的声をかけるが、燈矢の苛立ちが周囲に漏れ出しすぎて、応利への声すらほとんど聞こえてこない。正直、これはこれで楽だ。
するとそこに、前方から悲鳴が聞こえてきた。
「ひったくりよ!誰か!!」
女性の声とともに、ざわついた商店街の先に走り出す男が見えた。燈矢は盛大に舌打ちをしてから、炎を噴き出して空中に飛び出すと、人々に炎の影響がないように、空中から男めがけて足から炎をジェット噴射して急接近する。
目にもとまらぬ速さであったため、ひったくり犯は瞬時に燈矢に捕まる。だが、その突っ込む勢いが強すぎて、男は思い切り地面に体を打ち付けて動かなくなった。死んではいないし大けがでもないが、軽い脳震盪にはなっているだろう。
人々から拍手が上がる中、応利もすぐ駆け付ける。燈矢は同じく脳震盪だと判断したのか、犯人を動かさずにその場に置いたままにしてから、落ちていた女性のバッグを返しに向かった。応利はその間に警察と救急に連絡を取る。
燈矢がバッグを返して戻ってくると、そこに、一人の男が近づいてきた。
「おい!お前危ねぇだろ!こっちにぶつかったらどうすんだ!!」
あまりに勢いよく燈矢が突っ込んできたためか、男はいちゃもんをつけてくる。意図的に燈矢を狙ってきているあたり、もともと燈矢に反感を持つ人物か。
「あァ?!ンだてめェ喧嘩売ってんのか!!」
しかし燈矢はもともと苛立っていたところにアンチが絡んできたためか、鋭い眼光で睨みつけながら怒鳴った。その気迫に男はたじろぐ。
男だけでなく、本気の苛立ちと燈矢の鋭利な空気に、周囲の人々も静まり返り、恐怖の色を浮かべる。
警察との連絡を終えた応利は、男に睨みをかける燈矢の背中を軽くパシッと叩いた。
「こら、そんな凄むな」
いつもの調子で応利にたしなめられ、燈矢はすぐに険しい態度をひっこめる。一瞬で収束したのを見て、応利は男にも向き直った。
「戦闘後の炎系個性のヒーローに近づくのは危険です。思わぬ火傷になることもあるので、下がっていてくださいね」
「あ、あぁ…」
応利にまで言われ、男も怒りが引っ込んだのか、そそくさと去っていった。
夏はやはり、燈矢の機嫌を維持するのが難しい。
なんとかその場では収まったものの、一部始終はばっちり動画となってSNSに出回り、またもプチ炎上していた。
事務所に戻ってきたときにはすでに話題になってしまっており、待機していたSKたちが苦笑して出迎える。
「またやったんだって?」
「巷じゃパスカル、トーヤ限定の消火器ヒーローとか呼ばれてるぞ」
「なんですかそれ…」
もう燈矢には慣れたSKたちはニヤニヤと楽しそうにしている。燈矢もそういうSKたちの空気は嫌いではないらしく、特に反発はしない。
しかしそこに、燈矢が大反発する男が執務室から現れる。
「トオォォヤァァァァ!!何度言ったら分かるんだ貴様ァ!!」
「うるッせェよクソ親父!!」
漏出する炎が増えながら怒鳴る炎司に、同じく怒鳴り返して中指を立てる燈矢。事務所のど真ん中でうるさい口喧嘩を始めたため、またか、とSKたちはげんなりとする。
それを見てバーニンが応利に指で示す。
「パスカルさーん、消火器の出番っスよ」
「何かしらの手当をもらってもいいだろこの業務」
そうぼやきつつ、応利はSKたちの精神衛生のため、やかましい親御喧嘩の間に入っていく。
燈矢をいなし、炎司をなだめていると、背後からSKたちの話す声が聞こえてくる。
「確かにありゃ消火器ヒーローだ」
「蓄圧式ですかね、加圧式ですかね」
「スプリンクラーかも」
さすが炎系個性の事務所というべきか、消火器の種類についてあまりにニッチなことを話している。
炎上親子ヒーローの間で消火器ヒーローなどと不名誉な二つ名がつくのは御免被りたいところだったが、この役目は他の誰にもできない。炎司を止められても燈矢を止められる者がいない。
早く夏終わらないかな、と内心で思いながら、応利は燈矢の中指を拳にしまわせた。