圧倒的睡魔


●新たな双子のかたちより
入寮翌日の朝



うっかり和室につられて一緒に寝ることを選択した灯水だったが、焦凍に言われた様々な衝撃発言が急に思い出されて、全然眠りにつけなかった。
同じ籍だの、結婚しているようなもんだの、焦凍の言葉の意味を考えたりすぐそばの温もりを感じるうちに、ドキドキして頭が冴え渡ってしまったのだ。
結局、眠ることができたのは恐らく太陽の光が少しずつ空を照らし始めた頃で、たった3時間ほどしか寝られなかったのだった。



***



スマホのアラームがけたたましく鳴り、灯水は強制的にたたき起こされる。反射的に起き上がるが、目が開かず、意識もはっきりとしない。布団の上で上体を起こしているが、体は前後にふらふら揺れていた。


「…はよ、灯水」

「……おはよ…」


焦凍の挨拶におざなりに返す。
普段から、灯水の寝起きは良くない。起きてから覚醒するまで時間がかかるのだ。しかし今日は寝不足まで加わっている。こうなると、目を開けることすら難しかった。


「今日はやたら眠そうだな…そんなに昨日疲れたか?」


意識を混濁とさせながらも、お前のせいだよと内心で毒づく。ただそれを口にする気力すらなく、灯水は力なく隣で起き上がる焦凍にもたれた。
焦凍は灯水を受け止めつつ、頭を漉くように撫でる。起こす気があるのだろうか、こんな眠気を増長するようなことをして。


「ほら、起きるぞ。飯食いに食堂行かねぇと」

「……むり」

「無理じゃねぇ、お、き、ろ」


撫でていた手は灯水の脇の下に回り、そのまま抱き上げるようにして無理やり起こされる。さすがに灯水も自分の足で布団の上に立ち上がったが、それでも体重の半分ほどを焦凍にかけていた。


「こりゃ顔洗うのもままならねぇな…とりあえず下行くぞ」

「………むりー……」

「だから無理じゃねぇって」


焦凍は灯水の手を握ると、玄関でスリッパを履いて廊下に出る。灯水もなんとかスリッパは履いたが、なんだか違和感があるので、もしかしたら逆かもしれない。いや、スリッパに逆などあっただろうか。それすら曖昧になるくらいには頭がぼう、としていた。
それだけ曖昧だと、焦凍に対して昨晩ずっと感じていたドキドキ感も鳴りを潜める。あるのは圧倒的睡魔だけだ。

焦凍に手を引かれながら、目をごしごしと擦って足を動かす。エレベーターに乗って1階まで降りると、途端に人の声がする。他のクラスメイトも起きてきているようだ。


「おっ、轟に灯水、おはよ」

「おはよう」


早速声をかけてきてくれたのは上鳴だ。瀬呂や峰田、緑谷の声もする。灯水は声も出せないまま焦凍の後ろをついていく。


「灯水どした?」

「こいつ朝弱いんだ。今日はいつもよりひでぇけど」

「へぇ、相変わらず可愛いとこあんな〜」


上鳴はすぐに朦朧とする灯水に気づいた。焦凍が説明すると、笑うでもなくそうのたまった。


「灯水、濡れタオル持ってきてやるからここで立ってろ」

「……立ちっぱ…?」

「ソファーに座ったら寝るだろ、いいか、絶対ソファーには座るなよ」

「……ん、」


頷くと、焦凍はタオルを取りに風呂場へ向かった。自分の氷と水で冷やして持ってきてくれるのだろう。顔を洗うことすらできなさそうな灯水のために甲斐甲斐しくしてくれる。
焦凍の手が離れ、足音が遠ざかると、灯水はうっすらと開けた目でソファーを探し、ふらふらと歩み寄る。


「おーい灯水、立ってろって言われてたよな」

「………shut up」

「理不尽!?」


上鳴は忠告してくれたものの、灯水は黙らせてソファーに近寄る。そして、その柔らかいソファーにぼす、と倒れ込んだ。
衝撃を吸収して受け止めてくれたソファーに、灯水は急速に眠気が舞い戻ってくるのを感じた。このまま寝ることは、恐らく世界で一番幸せな行為なのではないかと思える。


「おい灯水、立ってろっつたろが」


そこへ突然、焦凍のそんな声が落ちてきて、灯水の首筋にぞっとするほど冷たいものが触れた。おそらく焦凍の氷だ。


「ひっ、!!」

「顔拭け」


あまりの冷たさに心臓が縮むような気がした。声を上げてのけぞると、顔に同じくらい冷たいタオルが押し当てられる。


「つめ、冷たっ、ちょ、」


ぐしゃぐしゃと焦凍に顔を拭かれ、ようやく灯水の眠気は通常のものにまで後退していった。まだ冷たさで心臓をバクバクとさせながら、灯水は起き上がって、焦凍の隣に立つ。


「…優しくしてって言った……」

「言ってねぇし優しかっただろ。ほら、」


焦凍は呆れたように言うと、灯水を正面から抱き締めて、後頭部を撫でつける。焦凍の肩に顔を埋めて、程よい焦凍の体温を感じて息をつく。


「次はキスで起こすぞ眠り姫め」

「…姫じゃない……」


耳元の低い声に返すと、ようやく意識もはっきりしてきた。少し時間はかかったものの、2人は食堂へ向かうことにする。

一方、一部始終を見ていた上鳴や峰田、瀬呂は声を震わせる。


「甘すぎだろ…朝からなんてもん見せてくれんだ…」

「つか眠り姫って言ったぞあいつ」

「灯水もキスんとこには突っ込まなかったな」


そんな被害者3人を、ジョギング帰りの切島が不思議そうに見ていた。


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