生まれた日に
●未来、プロヒーローになった後
誕生日小説
「こちらヒスイ、神野東3丁目交差点付近で敵を目視、そっちはどうショート」
『こちらショート、神野第5小学校前付近、まだ敵は見えない』
「夜とはいえそっちまで行かせたくないな…先に会敵する」
『了解、気をつけろよ』
「それならさっさと来てよ」
インカムに向けて短く返すと、灯水は交差点を進んだ4車線の通りの中ほどにて、前を走る敵たちに氷結を放った。それなりにできる敵たちはそこで氷結を避けるも、目の前に出現した氷の壁に阻まれ、仕方なくこちらを振り返った。
1月10日夜、横浜市神野区のオフィス街。大通りを走っているのは、数年前に世間を騒がせた敵連合のシンパのような者たちで、象徴的な場所であるこの神野区でテロを画策していた。
事前に情報をキャッチした灯水と焦凍の事務所は、警察とともにそのアジトを叩き、残党を追いかけているところだ。
敵の中に視界を反転させる個性の者がいたために、追いかける警察の足が止まり、今2人が追いかけている。
「止まれ!テロ等準備罪及び公務執行妨害、道路交通法違反などで今すぐ拘束する!」
「ハッ、誰が止まるか!」
「それとも、またこの街でお前を誘拐してやろうか!」
灯水が呼びかけるも、敵たちは聞く耳を持たない。むしろ煽ってくる始末。
現在は23時45分、オフィス街は閉鎖されているが、敵がわざと人通りの多い地区に移動したため避難は終わっていない。それどころか野次馬がわらわらと交差点に集まっている。
ちらりと腰につけた温度計を見ると、今の気温は氷点下。やたら寒いはずだ。しかし、今は非常に好都合だった。
野次馬たちの身の安全のためにも、ここはすぐに奴らを無力化しなければならない。
「グレイズド・フロスト」
灯水は手から過冷却状態の霧を発生させ、それを一気に敵に向けて横向きの竜巻のように動かした。敵ひとりひとりだけに当たる様に細かく調整した霧は、細長く道路上空を一瞬で横切り、敵に直撃する。男たちの情けない悲鳴が聞こえるが、敵の1人が口から炎を吹きだした。
「チッ、炎系がいんのか…」
相性が良くない。氷結の壁も容易に破壊されてしまうだろう。こういうときは、と策をめぐらそうと霧を止めると、氷壁の向こうにうっすらと赤い光が見えた。
『灯水!』
同時にインカムから焦凍の声がする。到着し、こちらの状況を言わずとも自ら察して先回りしてくれているようだ。
「さすが」
『当たり前』
灯水は焦凍の炎を、遠距離ながら正確に操った。ここから敵たちまで30メートル、更に壁の向こうは45メートルはあるだろう。だがそんな距離は大したものではない。
「『スネイク・フレイム」』
インカム越しの焦凍の声と灯水の声が重なる。
その瞬間、氷壁を乗り越えて焦凍の炎が蛇のように敵たちに向けて飛び掛かった。灯水が操った焦凍の炎が、逃げる敵を追跡する。
霧が止んで動き出した敵は直前までの霧氷によって動きが鈍く、そこへ正確無比の灯水の操作で追跡する焦凍の炎がやってくるのだ、逃げられるわけがない。
炎によって氷壁に追い立てられた敵たちは、直後、壁の上に現れた焦凍の氷結によって全身を拘束され、首以外が凍り付いた。
こうして、道路中央の一部に氷の壁ができた以外にインフラへの影響もないまま、敵5人が警察に引き渡されることになった。
交差点で一部始終を見ていた野次馬たちの拍手が響く。
ガタガタと震える敵は警察車両に乗せられ、灯水と焦凍は軽い報告をしてから、今日の終業となる。2人で氷の壁を溶かし道路を復旧すると、ふと、灯水は腕時計が日付を跨いでいることに気づく。
「…あっ、焦凍、」
「なんだ」
「誕生日おめでとう」
「お…今日か、そういや」
双子として、恋人として、雄英時代から相棒時代、そして独立した今も、ずっと2人は2人で隣り合わせでやって来た。連携などほとんど言葉はいらないし、先ほどのように相手に先回りして行動できる。それが事件解決スピードが速いという定評に繋がっている。
そんな2人が生まれた日だ。
「灯水こそ、おめでとう。なんつか、神野区でってのが、感慨深いな」
「あぁ…確かにね」
雄英高校1年のとき、灯水は爆豪とともに誘拐され、この街でオールマイトが引退することになった戦いに巻き込まれ、そして、焦凍に救われた。あの警察署でのことは、今も鮮明に覚えていた。
復興して新しくオシャレな街となった神野区は、敵たちがテロを画策したように、2人にとっても特別な街だったのだ。
「…互いに自立した存在として支え合えるような関係がいいって、灯水は言っただろ。こうして事務所を2人でやって、一緒に戦って…そうして今日を迎えられて、本当に良かった」
感傷的になっているらしい焦凍につられて、灯水も微笑む。焦凍の言う通りだ。神野区の事件から、高校時代を通して本当に様々なことがあった。そうして今、この日をここで迎えていることが、とても幸福なことに思える。
「俺もだよ、焦凍。…一緒に生まれてきてくれて、ありがとう」
「あぁ。俺も…一緒に生きてきてくれて、ありがとな、灯水」
焦凍はそう言うと、おもむろに灯水の腰を抱き寄せて、そして、そっと唇を重ねた。軽く触れ合う程度だったけれど、それだけで、溢れそうな気持ちが、2人で完全に共有できているような気がした。
すると、交差点の方から「ヒュ〜〜」「きゃあああ!!」といった声が騒ぎとなって聞こえてきた。バッと振り返ると、まだ散っていなかった野次馬が依然として2人のことを野次馬していた。
さっと顔に血が上る。
「ちょ、焦凍、お前その位置なら気付いてただろ…!?」
「あぁ。見せつけたくて。俺のだぞって」
平然とのたまう焦凍に、つい灯水も照れてしまう。臆面もなくそういうことを言うのが焦凍だ。仕方なく、「も〜…」とだけ声を出してから、灯水は身長差が開いた焦凍の鎖骨付近に顔を埋める。今や目線と焦凍の肩が並ぶようになってしまった。
だがもう、焦凍とこうした距離感で世間に騒がれることにも慣れた。それに、まったく嫌ではない自分がいるのも確かなのだ。ただ、赤い顔だけ人々に見えないようにしようと、焦凍の胸元で隠している。
それをしっかり察した焦凍に後頭部を優しく撫でられてから、2人はその場を撤収した。
ちなみにその日、野次馬が撮影した2人のキス写真がSNSで拡散し、灯水は嫌が応にもそれをあちこちで見る羽目になり、当分人前でいちゃつくのはやめようと決意した。
その決意も、もうかれこれ数十回目になる。