黒タートル


●黒タートルろき問題。ネタバレはないです。




灯水はインターンが、焦凍は仮免補習が始まった頃、寮の空調が効きすぎて、ずっと室内にいる分には少し肌寒さすら感じた焦凍は、どうせなら久しぶりに着るか、と、ある服を取り出した。
そろそろ衣替えだからと、ちょうど冬美が送ってくれた秋・冬の服の段ボールに入っていてうずうずしていたのだ。

それは、黒のプルオーバー。タートルネックで、体のラインに沿って熱を逃がさない。これで外に出ようものならきっと暑さでバテるだろうが、そもそも体温調節が可能な焦凍には関係がない。

実は焦凍は、この服がひそかにお気に入りだった。



***



「あれ、轟君、なんか珍しいの着てるね」

「おう」


夕方に寮のキッチンコーナーで茶を淹れていると、緑谷が不思議そうにカウンター越しに見て来た。隣に麗日も「おお、」と声を上げる。


「轟君、それ似合うね〜。でも、ちょっと暑くない?」

「まぁ、個性あるからな」

「あ、そっか。でも、そこまでして着るん?」

「僕も思った、わざわざ体温調節までしなくても…あっ、個性コントロールの自主トレとか?」


訓練大好き緑谷はすぐにそうした思考になるが、焦凍は苦笑する。別にそこまでストイックな考えではない。


「や、別にそういうんじゃねぇよ。姉さんから衣替えだっつうんで届いて、着たくなっただけだ」

「へぇ〜、お気に入りなんだね!」


麗日と緑谷は案外可愛い理由に納得し、2人揃って緩い笑顔を浮かべる。そんな2人にも「飲むか」と聞けば頷いたので、2人分淹れてコップを渡す。


「まぁ、お気に入りではあるけど、あんま好きじゃねぇんだ、この首回りのヤツ」

「え、タートルがその服のアイデンティティだよね!?」

「てか好きじゃないんや…」


成長したからというのもあるが、首元を締められる感覚はあまり好きではない。それでも、焦凍は確かにこの服がお気に入りだった。


「じゃ、じゃあなんでお気に入りなの…?」


さすがに謎がすぎる焦凍の言葉に緑谷が恐る恐る尋ねると、ちょうど答えがやってきた。
おもむろにぽす、と背中に軽い衝撃が走る。


「これが答えだ」

「…え、灯水君?」

「い、いつの間に」


2人が気付かない間に、灯水はキッチンに駆けこんで焦凍の背中に抱き付いたのである。
ぐりぐりと肩甲骨の間に顔を押し付けられ、焦凍は穏やかに笑いながら茶を飲んだ。なんでもないような態度に何事かと2人は驚きを隠せない。


「この服、灯水ホイホイなんだよ」

「どういうこと!?」


麗日のツッコミが炸裂する。それには後ろから顔を出した灯水が答えた。


「焦凍がこの服着てると、無性に抱き付きたくなるんだよね。そんでそれを、去年だったかな、話したら定期的に着てくれるようになってさ」

「な、かわいいだろ」


焦凍はさも当然のように言うと、前に来たそうにしている灯水のために体の向きをずらす。灯水も回り込んできて、焦凍の前から抱き付いてきた。今度はきちんと腕を回せるので、焦凍も抱き締め返す。
灯水は焦凍の首元でタートルに埋もれる。すんすん、と匂いを嗅いでいるようだ。


「箪笥の匂いがする、ナイロン?」

「あぁ、姉さんが送ってきてくれたばっかだからな。天日干ししねぇと」

「太陽の匂いするときが一番落ち着く。焦凍の匂いと混ざって」


この服を着ていると、灯水が衝動に任せて抱き付いてきてくれる。それだけでも焦凍としては嬉しいのに、こうやって素直に甘えてくるのもかわいくて仕方がなかった。


「緑谷とかがタートル着てもそっち行くなよ」

「焦凍が着てるからいいんじゃん」

「そうか」

「え、私たち何見せられてるの」


ぎゅうっと抱き締めていると、麗日が呆然とそう言って、緑谷は首を横に振る。


「夫婦喧嘩すら犬も食わないんだ、イチャついてるところなんて精神衛生上良くないよ、いこう」

「う、うん、そうだね!」


さらっと一番失礼なことを言った緑谷だが、この灯水の可愛さを理解できるのは焦凍だけで良いと思っているので、続きは部屋でゆっくり堪能しようと焦凍は灯水をエレベーターへ向かった。


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