つながる優しさ


●八百万から見た轟兄弟


ある夜、八百万が寮の自室で大きすぎる天蓋付きベッドに座って、その日のニュースなどをスマホで確認していると、画面が電話に切り替わった。相手は焦凍で、意外な相手に不思議に思いながら八百万は応答した。


「もしもし」

『もしもし、轟だ。夜に悪い、今大丈夫か』

「ええ、どうされましたの?」

『明日以降、もしかしたら灯水がお前に頼み事すると思うんだけど、良ければ断らないでやって欲しくて…』

「はぁ…そんな頼みにくいことなんですの?」


何かと思えばそんな根回しのようなことで、わざわざそんなことをする意図が分からず一応聞いてみる。しかし、焦凍は「いや、」と否定した。


『おすすめの紅茶を代わりに買ってくれとか、そういう感じだ』

「…え、それだけなんですか?」

『おう。ネットで調べてすぐギブしてたから、たぶんおすすめ聞くだけじゃ自分で買えねぇと思う。んで、お前に金は払うから代わりにって流れになるんじゃねぇかと踏んでる』

「まったくそれは問題ありませんが…なぜ轟さんがこのような電話を?」


頼み事としては、そうよくあることではないのかもしれないが、それでも電話までして念を押すようなことでもない。依然として疑問に思っていると、焦凍は丁寧に説明してくれた。

いわく、これは灯水の趣味探しの一環なのだという。焦凍自身、別にとりたてて趣味があるわけではないが、それでもこれまでの人生において、灯水は焦凍のことばかり考えて来たために自身を表すような何かが足りないのだという。
轟家の事情は何となく聞いたことがある。世間でも有名なエンデヴァーの苛烈な性格に端を発する複雑な家庭事情だ。そのなかでつらい思いをしていた焦凍を支え続けて来たのが灯水だということはすぐわかる。


『今まで灯水が俺のためにしてくれてきたことは、こういうのもあったんだと思う。A組のヤツらに同じことする必要はねぇとは思う、でも、俺にできることもしたかったんだ』

「なるほど…わかりましたわ、八百万家の名に懸けて、灯水さんの頼みを聞いてみせますわ!」

『ほどほどに頼む…』


焦凍の優しさに、八百万は俄然やる気になる。麗しい兄弟愛への感動もあるが、やはり優しさには優しさを返したくなるものだ。



翌日、さっそく放課後帰寮してから灯水が話しかけて来た。ちょっとだけ緊張しているように見えるのは、頼み事をするからだろう。思えば、灯水が誰かに頼るところをこれまで見たことがなかった。


「ねえ八百万さん」

「はい!なんでしょう!」

「げ、元気だね…?あのさ、紅茶のこと教えてほしくて…自分じゃわからないからさ」

「もちろんですわ!さ、お座りになって!」

「え、はい」


灯水をソファーに座らせ、八百万はその向かいに座ってスマホの画面を見せた。家で用意している銘柄だ。


「私の家ではハロッズかウェッジウッドで用意しておりますの」

「カタカナ…」


どうやら灯水が断念したのはカタカナだったらしい。轟家は日本茶メインだということなので、あまりこういうことには慣れていないのだろう。八百万とて日本茶はそこまで詳しくない。


「ハロッズはロンドンの高級百貨店ですわ。日本国内で直接手に入るものは、お味よりブランドですので、価格に対する味はあまり評価が良くありません。我が家も英国から直輸入しておりますわ。ウェッジウッドは陶磁器メーカーで、そこから紅茶を売り始めた経緯があります。英国らしい正統派なお味がしますわ」

「へ、へぇ…」

「他に、フォートナムアンドメイソン、通称フォートナムズのお紅茶が人気ですわね。ブレンドティーは好みもありますが、フォートナムズが一番定評があります。ダージリンにこだわるのなら、やはりリーフルダージリンハウスは外せません」

「あ、あのさ、」


一通り端的に説明した八百万だが、灯水は明らかに分かっていない顔をしている。そして、言いづらそうに口を開いた。


「よ、よければ、お金は払うから、八百万さんがおすすめの紅茶代わりに買ってくれない…?めっちゃ不躾なお願いで申し訳ないんだけど…」

「かまいませんわ!お味の好みはありまして?」

「あー…そうだな、焦凍も飲むから、癖がなくて、すっきりした感じかな…俺と違って渋いのより少し濃いくらいが好きだから、なんかそういう感じのかな」


焦凍の予想通りの展開に八百万は内心すごいと思っていたが、そこから灯水が味の希望を伝えてくると、その判断基準にまた驚く。
見事なまでに焦凍基準なのだ。自分の好みではなく、焦凍を優先しているのは、もはや癖なのだろう。それだけ人生を焦凍のために過ごして来たのだと伺える。

昨晩電話をしてきたことも、こうして自分優先してしまうことも、2人の深い深い愛を感じられた。互いに互いを一番に据えて尊重しているからこそ、きっとこういう関係になっているのだろう。


「…それでしたら、フォートナムズのロイヤルブレンドをプレゼントいたしますわ」

「えっ、そんな!」

「私がそうしたいんですの。いずれ、好みの銘柄やブレンドについてお話ができたら、とても楽しいですもの」


あの期末試験のとき、自信を無くしていた八百万を、八百万以上に信じてくれていたのがこの2人だった。そんな2人の姿勢に救われて、八百万は自分に自信を持てるようになった。
優しさには優しさを返したくなる、そんな温かく穏やかな関係に関われていることが、八百万は嬉しかったのだ。


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