爺トリオ
●「気付けなかったこと」
尾白と障子と茶を飲んでるところ
あらかじめ学校にほとんどを申請していたために、すぐに片付けが終わった灯水。
手持無沙汰に茶でも飲もうと、実家から持ってきた煎茶を淹れていると尾白、障子がエレベーターで降りてきた。
2人に茶を飲むか聞いてみると飲みたいと答えたので、灯水は3人分の煎茶をなるべく濃くならないようにして淹れた。
そうして、灯水と尾白が並んで座り、向かいに障子が座る形で、キッチン横のテーブル席にてほっと一息ついている。
キッチン備え付けのマグカップに煎茶を注ぎ、2人の前に出す。湯気の立つそれは、暑い夏に飲むものではないが、実は空調が効いた室内にいるとなぜか飲みたくなるのだ。あまり冷たいものを飲むのも体に良くない。
「さんきゅ」
「ありがとう」
「ん、濃かったらごめんね」
自分の分も持って尾白の隣に座ると、3人揃って息を吹きかけ、ずず、と茶を啜る。
「っあ〜、ジャパン感じる…」
「うまいな」
尾白の謎の感想に苦笑しつつ、普通の味に入れられたことに安心する。いつも灯水が飲んでいる濃さであればさすがに2人にはきつかっただろう。
「さすが灯水、なんかそういう和風なモン得意なんだな」
「そう?まぁ、コツ掴めば誰でも美味しくできるよ」
「そうかもしれないが、今こうして飲んでいる灯水の淹れた茶が美味いぞ」
すると障子は、というか障子の触手がそう言ってくれた。合宿のときは触手でない本体の口が喋っていたが、普段はやはりそうしないらしい。
「…ありがと」
嬉しいことを言ってくれた礼を言うと、2人からこちらこそ、と礼を言われる。やたら穏やかな時間だった。どちらかと言えば静かな尾白、寡黙な方の障子といると、なんだか時間がゆっくりとしている気がする。
「…あれ、ていうかさ」
そこでふと、灯水は目の前の障子の触手を見た。当然だがマグカップの中身は減っている。
「障子君、飲食も触手でしてんの?」
「基本的にはな」
「そ、そうなのか…」
尾白も驚いていた。そういえば、普段昼食をともにするわけでもないため、障子とこうして一緒にいるのが新鮮だ。道理で知らないわけだった。マスクを外さない理由は聞きたい気もするが、自分から話してくれるのを待つことにした。
なんとなく触手の方の口が気になって、灯水は指をそっと触手の口に近づけてみた。尾白はそれとじっと見つめ、障子も見ている。
静かに、なぜか見守られながら灯水の指が障子の触手に近づく。
あと数センチ、というところで、突然その口ががぶりと灯水の指に噛みついた。
「わっ!?」
痛くはないが、軽く歯を立てられ生暖かいその中に指が咥えられると変な感じがする。何より、不思議な緊張感があったために驚きがすごかった。
「ぷ、くく、何やってんの」
その一連のやり取りに尾白がくすくすと笑いだし、障子もふっと笑う。口は離されたが、灯水はちょっと心臓をバクバクとさせながら呆れたように笑った。
「びっくりした…てか何今の、謎なんだけど」
「いきなり指を差し出してきたのは灯水だろう、茶菓子かと思った」
「いやいや、なにそれ」
障子でも冗談を言うんだな、とか、名前で呼んでくれるんだな、とか思っていると、上鳴と切島が降りてきた。片付けを終えたようで、ほのぼのとしながら茶を飲む3人に不思議そうな顔をする。
「なんだその爺さんの集まりみてぇな空気」
「茶ぁ啜ってっとマジで年寄りみてぇだな」
上鳴が言うと切島も笑いながらうなずく。誰が年寄りだ、と思っていると、そんな上鳴に障子の腕が伸びて、ぼす、と肩を殴った。
いてっと騒ぐのを見ていると、先ほどのゆったりとした時間は途端にA組の騒がしさに戻って、こんな時間も良いものだなと思ったのだった。