兄弟喧嘩と反抗期


●11月、そばの日と兄弟喧嘩


「そばの日…」


食堂にて、灯水がいつも通り食券を買うべく機械の前に並んでいると、ポップにそんなことが書いてあるのが見えた。後ろにいた焦凍にそれを指さして示すと、焦凍も「お、」と反応する。

どうやら明日11月30日はそばの日というものらしく、2つ頼むと1杯無料でついてくるらしい。合計3杯食べさせられることになるが、そばはそれくらい簡単にいけてしまう。
ちなみにそばの日とは、毎月30日に江戸市民がそばを食べたことから制定されたものだという。


「俺と焦凍で頼んでもう1杯ついてくるって感じだね」

「いいな」


そば好きの2人だ、もう1杯無料でついてくるならこんなに嬉しいことはない。
順番が来たのでいつも通り2人はそばを頼み、先に買った緑谷と飯田が待つテーブルに向かう。食べ始めてもらっているので、箸を進める2人の正面に座った。


「2人とも、明日のそばの日のやつ見た?」

「見た見た」


緑谷も気づいていたようで、揃ってそばをテーブルに置く2人に確認してくれた。頷くと、「良かったね」と緑谷は笑う。
飯田は頷いてから、ふと2人の前に並ぶそばを見て首を傾げた。


「しかし君たちはいつも温かい方と冷たい方で固定しているだろう。どちらにするんだ?」

「冷たくない方」「あったかくねぇ方」


飯田の質問に重なる言葉。落ちる沈黙。2人は顔を見合わせた。


「え、冗談でしょ焦凍、この期に及んでせいろそば?」

「お前こそ何言ってんだ。あったけぇそば頼む気か?」

「いやいや、寝言は寝て言おうよ」

「灯水、正気になれ」

「え、2人ともそんな?」


硬質な声になる2人に対して、緑谷は少し引いたように言った。灯水と焦凍は揃って緑谷を振りかえる。緑谷はびくりとした。


「袂を分かつレベルだけど?」

「相いれねぇんだ」

「えー…」


***


結局2人は結論を出すことができないまま教室に戻って来た。最初はつとめて建設的な話し合いをしようとしていた2人だったが、だんだんと食べ進めるうちに交渉は決裂の様相を濃くしていた。
気にせず食べる飯田、諦めた緑谷とストッパーがいないこともあった。

そうして2人が教室に着くころには、もう口喧嘩となっていた。


「だいたいさ、焦凍はいっつも味気ないせいろばっか食ってじゃん、舌どうなってんの?」

「灯水はそば本来の味を理解できねぇバカ舌なんだろ」

「何度も言うけど本来の味を引き出す脇役がいないとか意味が分からない」

「そうか、それだけ灯水の頭が足りてねぇんだな」

「はぁ〜〜?主役だけのオ○ニーみたいなのばっか食ってるヤツに言われたくないんだけど」

「お、おいおいどうしたんだお前ら」


熾烈な舌戦を繰り広げて教室に入って来た2人に度肝を抜かれたのはクラスメイトたちだ。切島はさっそく、慌てて2人の間に入ろうとしたが、2人が揃って切島を睨みつける。


「ちょっと切島君は引っ込んでて」

「うるせぇ」

「うお、マジか…」


2人の眼光に引いた切島はすごすごと引き換えす。上鳴のところへ戻った切島は上鳴とこそこそ話した。


「いやなんだあれ…」

「喧嘩?なんの話だあれ…」


上鳴は何を争っているのか耳を傾ける。しかし聞こえてくるのは、どうやら冷たいそばか温かいそばかというもの。
一気に冷めた上鳴と切島は肩を竦める。


「よくこのネタで喧嘩できるな」

「つか初めて聞いた喧嘩の内容がそばって…」


呆れる2人を気にせず口論を続ける轟兄弟。A組は最初こそ心配そうに見ていたが、だんだんとくだらない内容に気づいて放っておくことにする。
やがて5分もすれば、誰も2人の喧嘩に口を挟もうとは思わなくなり、それぞれの時間を過ごすことにしていた。

大したことはない、このときまでは全員そう思っていたのだ。


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