暗闇に微睡む


●八斎會編後


灯水の目の前で銃弾に倒れるミリオ、鋭く尖ったコンクリートの柱に串刺しにされるナイトアイ。

目まぐるしく過ぎる映像は、次の瞬間、暗い天井に変わっていた。


「…っはぁ、はぁ……」


焦凍の部屋の和風の電灯は明かりをともしておらず、隣からは安らかな寝息が聞こえる。
寮にいることを実感した灯水は、大きく息を吐きだした。


「…はぁ………」


夢は、脳による記憶の整理だという。
整理しきれないほどの衝撃的な記憶の数々は、こうして溢れるように、夢の中で灯水を苛んだ。
あの捜索からすでに1週間が経過しているのにこの体たらく。灯水は少し嫌気がさすような心持ちになりつつ、ゆっくりと起き上がった。
目がさえてしまった。1階の共有スペースで、何か飲んでこよう、と思って起き上がると、音を立てずに扉を開けて暗い廊下に出た。

そういえば時刻を確認してこなかったが、寝静まった様子からして、クラスのメンバーは当たり前のように全員就寝しているのだと分かる。
自分だけが異物のように感じられるが、ぽーんと響いたエレベーターの音に意識を強制的に向けて、眩く光る箱に乗り込んだ。

暗いところに慣れていた目には、エレベーターの煌々と灯る光は眩しすぎる。しばらく細めていると、すぐに1階に着き、再び暗い部屋に出た。

暗いと言っても、1階は自動販売機や非常口、中庭からの月明りなど光源が多く、暗闇ではない。
何かにぶつかるようなことはありえない程度に明るく暗い共有スペースを進むが、なんとなく、何かを飲んで休むということをするのも億劫になってしまった。

そこで、ソファーに腰かけて息をつくだけに留める。座ってしまえば、もう動ける気がしなかった。


すると、先ほど聞いたエレベーターの音が響いた。少しだけ驚いてそちらに目を向けると、扉が開き、明るい箱から焦凍が出てくるのが分かった。


「…ごめん、起こしちゃった?」

「……あぁ。でも、起きれて良かった」


静かに言うと、焦凍は灯水の隣に腰かける。そして、そっと灯水の肩を引き寄せた。体の左側が焦凍の温もりに包まれる。


「焦凍…?」

「ここにお前を1人にしねぇで済んだ。だから、起きれて良かった」

「明日も早いのにごめん」

「謝んな、むしろこれで気づけなかったら俺が罪悪感で明日使い物にならなくなるだろ」

「優しすぎだよ」

「ちげぇな、お前のことが大事すぎなんだ」


深夜だから互いにゆっくりとしたテンポで会話が進む。だが、その言葉はどれもしっかりとしていた。


「言っただろ、お前を笑顔にできんなら、なんでもするって」

「…うん、そうだね」


何が何でも灯水を支えようという焦凍の決意は、こういう小さな瞬間にも感じられた。それだけ常に、焦凍が灯水のことを考えてくれているということでもある。
隣に焦凍がいる、それだけで、どことなくざわついていた心が落ち着いていくのが分かった。
すり、とその首筋にすり寄ると、あくびが漏れる。


「眠くなったか?」

「…ん、」

「寝ていいぞ」


焦凍はそう言うと、灯水を抱えてゆっくりとソファーに倒れる。仰向けになる焦凍の上に乗っかるように、灯水はうつ伏せになった。焦凍の胸板の上に顔が来る形だ。背中に回された焦凍の腕が重くならない程度に灯水を包む。
ぽんぽん、と後頭部を撫でられ、耳元に焦凍の鼓動が聞こえる。そんな状態で眠くならないわけがなく、急速に灯水の意識は遠ざかっていった。



翌朝、パシャ、というスマホの音で目が覚めた。のそりと視線を向けると、「起きた!」と声が上がる。

見れば、ソファーの周りに芦戸や上鳴が取り囲んでいた。すっかり朝陽に照らされて明るくなった共有スペースには、人の声と気配が満ちる。


「こんなところで寝てたら風邪ひくぞ〜」

「いちゃつくなら部屋でやれ〜」


切島と上鳴にそう言われ、事態を理解した灯水は急速に羞恥が沸き上がる。


「なんで焦凍も寝てんの…!!」

「お……朝か」


焦凍もマイペースに起き上がる。芦戸の「おはよ〜」という声に「おう」と返している焦凍はまったく気にしていないようだった。


「2人とも可愛かったから写真撮っちゃった!轟に送ってあげる」

「おう、さんきゅ」

「いや…もう…ほんと……」


芦戸に写真を送られると聞いて満足そうにする焦凍。芦戸は飽きたのか、他の女子のところに向かい、切島たち男子は2人の距離感を「いつものこと」と捉えてそれ以上関わってこなかった。
恥ずかしいと思っているのは灯水だけだ。


「もう誰も気にしてないぞ、俺らんこと」

「…ありがたいんだかなんだか……」


灯水は複雑な気もしたが、こうして焦凍に甘やかされ、A組にも生暖かく受け入れられていると、それだけで心が軽くなるのも感じた。まぁいいか、と灯水は割り切ると、焦凍の上からどく。


「…ありがと、焦凍」

「あぁ。次は腕枕してるとこ撮ってもらうか」

「何言ってんだ」


呆れて笑ってしまうと、焦凍も、どこか安心したように薄く微笑んだ。


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