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●十傑ファンタジーパロ
管理人の性癖である中世欧州都市文化と近代ファッションの小ネタがふんだんに使われています



ヒスイは慌ただしい城門の混雑に、久々に帰って来たな、と懐かしい気持ちになった。街道の主要な道が街へと続くところにある城門のため、最も人が多いのだ。旅人、商人、都市住民、遠方のギルドの使いまで様々な人でごった返すのは名物と言ってもいい。
これでも、農業集積のための農民用道路は別の城門に接続しているのだ、もしこれが一つだったらと思うとぞっとする。

ヒスイは大きな荷台の御者台で手綱を握りながら、徐々に馬を動かして城門に近づいていく。列は少しずつ、門番のチェックを受けて市内に入っていた。


「あぁ、あんた久しぶりだなぁ」

「お久しぶりですね。相変わらずここは忙しい」

「本当にな」


御者台の高い位置から見下ろしながら、門番の兵士にヒスイはこの国と近隣諸国との行商人に与えらえる自由通行許可証を見せつつ、小さな袋を渡した。早い話が賄賂だ。
軽い世間話をしながら渡すと、兵士は特に反応も示さずそれを受け取り、特に荷台のチェックもせずに中に通した。許可証の最後の国境検問は、この国が最近険悪になっている公国からの入国。普通なら厳しいチェックが必要だが、毎度ヒスイは賄賂を渡して逃れていた。


「今年のアーモンドは良質らしいですよ」

「そりゃあいい」


暗に、賄賂がアーモンドであることを示している。豊富な生産を誇る国ならまだしも、この国ではアーモンドは貴族向けにしか生産されておらず、一般市民は輸入品を商人から仕入れるしかなかった。アーモンドは、アーモンドミルクなどにしてシチューに入れてコクを出すのに使われる。

ヒスイは楽々と市内に入る。


ここは王都。この辺りで最も栄える王国の都であり、大陸最大の商業都市である。
そしてヒスイは行商人、各国を回って、ようやく故郷の街である王都で久々に荒稼ぎをする所存だ。



***



ヒスイは自分の出自を知らない。
王都の西側の城壁が面する川の橋に捨てられていた赤子を、育ての親である行商人に拾われ、幼子のときから商人として生きて来た。
その親からは、「きっとお前はいつか大物になる」と言われ、一介の商人ながら様々な作法を叩き込まれ、更には剣の修行までさせられた。

そうしてヒスイは一人前になり、父たるその人物は老衰で息を引き取った。彼から商人ギルドの証も譲り受け、ヒスイはいよいよ行商人として各国を巡るようになった。
その中でも、この国は強国であり、王都は商業が盛んな街として知られていた。

正確には、王都は城壁に囲まれた一般市民の都市と、川の上流に少し進んだところにある貴族たちの城下町、そして王城からなっている。王城と城下町からこの市街地まではそれなりに距離があった。

王侯貴族たちが市民の前に姿を現すことはめったになく、戦争のときに少し目にするくらいだが、戦争も傭兵や騎士の仕事であるために庶民には関係なかった。

そしてヒスイは商人であるということ以外に、2つ特徴がある。

まず一つは、珍しいマギであるということだ。マギとはマゴスという言葉の複数形で、人知を超えた魔法や魔術を使用することができる者である。東方世界に多くいるとされ、マギは生まれつき神に許された者だとされる。聖職者になることも多いが、この国ではマギによる騎士団があることで有名だ。いずれにしても、マギはそれなりに良い仕事が与えられる。
ただ、ヒスイは王城で生活するなどまっぴらごめんだった。世界を旅することは刺激的で、この生活から離れることなど考えられなかったからだ。

とりわけヒスイのマギの力は複合型。通常、能力は1種類なのだが、ヒスイの場合はなぜか複数が混ざったようなものだった。具体的には、氷の力と炎の力である。氷を出せる他、氷を熱して水や蒸気に変えたり、炎や水を操ることができた。
水は何をするにも必要なため、とても重宝される。特にマギの力であればその水には不純物がないためそのまま飲める。商人たるヒスイは、この水を売って常に一定の資金を持っていた。


そしてもう一つの特徴は眼帯だ。
ヒスイの右目は生まれつき青い色をしている。といっても、きちんとした鏡など庶民が見られるものではないので、水面に映ったものを見て判断しただけだ。だが、父はこの瞳は人に見せてはいけないと言った。

なぜなら青い瞳は、この国の王族の証だからだ。王家にしか青い瞳は現れない。片方だけに青い瞳があることが謎だということで、父はいらぬ憶測を掻きたてぬよう、ヒスイには右目に皮の黒い眼帯をさせて過ごさせた。
すっかり隻眼生活になれてしまったヒスイは、その言いつけを守って今も眼帯をして暮らしている。

そういった点以外はいたって普通の商人。そんな自分の生活が、翌日からがらりと変わるとは、夢にも思わなかったのだった。


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