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ショートは、いつも通りの時間に目が覚めて、いつも通りの使用人にいつも通りの服を用意されていた。
白い縦襟のブラウスは柔らかな絹で、肌に優しく触れる。ブラウスの襟はレースになっていて、ゆったりとした袖もレースがあしらわれ、手首でベルトで絞られている。
そのブラウスの上から長い丈のベストを羽織る。ベストは縦襟で、ブラウスの襟の方が長いのでベストの襟から白いブラウスが覗く。ベストそのものは濃紺の生地で作られ、金糸の刺繍と縁取りがされている。腰までベストは金糸で留めており、腰にベルトをしてそれより下は開けている。動きやすさを重視してだ。
スボンは上質な麻で作られた膝下丈のキュロットで、膝下までブーツを履いている。長いブーツと緩やかなキュロットは、最近北西の新興国の上流階級から始まった流行である。
絹の白は富の象徴とされ、ベストや金糸もまた富裕を示す。一方でベルトやブーツ、そしてベルトに帯剣するのは、騎士としての精神も示していた。もちろん騎士団の本業の者ではなく、国のトップは総じて戦う者の装いでなければならないのだ。
「ショート様、朝食の支度が整いました」
「…あぁ」
着替え終わると、使用人の女性が腰を折って告げる。覇気のない声で返事をして、使用人とともに食堂へ向かう。
豪奢な廊下を進めば、やはり豪奢な食堂に着く。絵画と鏡が交互に配置された白い壁には、金の装飾が施され、天井には燦然とシャンデリアが輝く。
窓からは朝の光が差し込み、巨大なテーブルの中央には金の燭台が並ぶ。燭台と燭台の間に新鮮な果物が乗ったバスケットが置かれ、蝋燭の光を受けた梨が美味しそうだった。
ショートは使用人に椅子を引かれて座ると、長いテーブルを挟んで正面に座る国王、エンデヴァーとともに朝食を時間を共にすることになる。
すぐにショートの目の前には、銀に金の装飾が施された皿が置かれ、そこにはサルビアのハーブティーが注がれる。隣には、赤ワインを水で割って砂糖が加えられたものが同じく皿に入っている。陶器の皿に乗せられた白パンも並べば、朝食のセットの完成である。
パンは甘いワインにひたして食べるものだ。
ものが揃ってしまえば、あとは音を立てるのは2人だけになる。少し前までは母もいたが、母は横暴な父に心を病み、今は母に充てられた離宮に引きこもっている。
兄たちは父に才能を認められず、騎士団に入ったり事実上の直轄領となる伯領を拝したりしており、1人いた姉は北の同盟国に嫁いだ。
そして才能を認められ、次期国王の座に着くことが決まっているのはショートだった。
この王家は、代々マギとして生まれてくる。マギは遺伝するとされ、父は有力なマギだった母を無理やり婚姻させて子供を作った。そうして理想的なマギの力をもって生れて来たのがショートだったのだ。
父はこの辺り一帯を統括する帝国の皇帝を代々世襲することを目指しているのだが、皇帝を選ぶ選帝侯にすらなれていないのが現状だ。選帝侯の何人かよりこの国は豊かだが、こればかりは歴史がものを言う。また、マギが皇帝になることで、皇帝に従う帝国内の領主や国王たちが自分たちの権利を奪われるのではという恐怖もあった。
そこで、誰にも力を圧倒的なまでに認めさせる必要があると父は考え、ショートに期待している状況である。
ショートはそんなことのために母を病ませ、政治の才があったのに兄を地方の伯爵に甘んじさせている父が憎くて仕方がなかった。
しかし味方もおらず、使用人しか周囲にいないショートは常に孤立していた。母は遠い離宮にいるし、友人なんているはずもない。貴族たちは王族には及ばないのでショートと対等ではない。
その寂しさは、父への憎しみに変換していた。そうでもしないと、ショートは自分を保てる自信がなかったのだ。また、マギの力や剣術をひたすら鍛えていることですべて忘れるしか解放される時間もなく、ただただ、ショートはこの生活をやめられるなら平民に下っても良いとすら思っていた。