嫉妬するとき


1年のバレンタイン


キンと冷えた2月の空気も、今日ばかりはそわそわと熱気に満ちていた。

バレンタインに世が浮かれているように、ここ雄英でもバレンタインというものは意識されていた。もっとも、寮生活の中ではおいそれと外部に買い出しに行けるわけでもない、女子たちが寮のキッチンを占領して自ら作るというのがどのクラスでも見られたようだ。

ヒーロー科A組でも、芦戸たちが朝からチョコをばらまいていたが、そこに色恋のあれそれなどはなく、ただのイベントとしてのものだった。それでも上鳴たちは大喜びだったが。

芦戸たちに礼を言って、灯水と焦凍は2人で登校する。徒歩5分の僅かな道だ。他の寮からの生徒たちも群れを成している。


「あの、轟君!」

「すいません、轟灯水君、」


そんな中であっても、2人は途端に声を掛けられた。押し付けられては去って行くため、あっという間に両手がいっぱいになってしまう。


「…すげえな」

「中学よりマシだけど…焦凍はあれだね、雄英来ていきなり増えたね」


2人して大量の箱や袋を抱えて歩くと、面白そうに注目される。その目線には慣れている灯水だが、焦凍は中学時代に人を寄せ付けなかったため、ここまであからさまではなかった。
丸くなったため、声を掛けやすくなったのだろう。

上鳴たちからの殺気を無視して、2人は下駄箱から溢れるチョコに引いてから、やっと教室に辿り着く。相澤に見られるのは好ましくないため、八百万に袋を作ってもらってそこに格納した。

そんな朝さえ凌げば、あとはいつも通り授業が展開される。ミッドナイトに袋を見られてニヤニヤとされたくらいで、他は至っていつも通りだった。あくまで灯水は、であるが。


「すげえな轟、毎時間休みになるとチョコ渡されてんじゃん」


感心する切島と、憎らしそうにする上鳴、峰田。切島が言う通り、焦凍は休み時間の度に呼び出され、廊下でチョコを受け取っていた。呼び出してもブッキングすると察したのか、告白まで廊下で済ます者もいる。


「絵に描いたようにモテやがって…!」


悔しそうな上鳴には申し訳ないが、モテるのも面倒なのだ。灯水は少し焦凍に同情している。
あまりのジェラシーに、峰田は廊下にお零れをもらいに行った。そのファイトはすごいと灯水は内心思っている。


「にしてもさ、灯水はいいのか?あんな彼氏がモテて」


すると、秘密を共有する2人だけとなったためか、切島が小声でそんなことを聞いてきた。ニヤニヤとしているのは、単純にからかっているからだ。


「別に、渡して告るだけならなんとも」

「じゃああれは?」


そうやって上鳴が指した方を見ると、焦凍が女子の集団に思い切りじゃれつかれているところだった。バレンタインのテンションに任せたのか、経営科らしい女子たちが腕を組んだり手を触ったりしながらキャッキャッとしている。


「………、」

「おっ、灯水もさすがに怒るか?怒っちゃうのか??」

「…別に、怒ってない」


はぁ、とため息をついた瞬間、暖房の効いた部屋では冷たすぎる吐息が白くなって灯水の口から出て来た。
茶化していた上鳴は、それを見てケラケラと笑う。


「こっわ!完全にキレてますやん!」

「だから、別に、」

「うわ〜!腹筋すご〜い!!」


否定しようとした矢先、聞こえた来た声に、女子たちが焦凍の腹筋に触れているのだと明確に分かった。
パキ、という音とともに、灯水が触れていた机の一部が凍り付く。


「ちょ、灯水さん?」

「おい上鳴もうやめとけ、氷漬けになんぞ」


別にキレてはいない、ただ、腸が煮えくり返るだけだ。

体育祭を経て、ステインとの戦いや神野区の事件を通して、焦凍は緑谷たちとの関わりの中でどんどん丸くなった。そんな焦凍はきちんと周りとも向き合うようになったこともあり、話し掛けやすい雰囲気だけでなくそれなりのコミュニケーション能力も身に付けた。
まったくその気はないのに、優しい言葉や変化に気付くなどモテる要素を増やしている。


「勘違いさせる焦凍も焦凍だけどさぁ…!」


バキ、とシャーペンが氷とともに折れた。ルーズリーフが砕けてガラスの破片のように散らばる。灯水の周りだけ飽和水蒸気量を超えたため、結露が生じ始めていた。

このチョコの山は謂わば挑戦状だ。魅力的な人間となった焦凍は、その王子様然りとした見た目にそぐうモテ方を始めた。もう、うかうかしていられないのだ。


「受けて立ってやるよ……」


ドライヤーのように暖めた空気を机に吹き付けながら呟く様は、まるで誰かを殺しに行くようだったと、隣の障子と逃げ出した上鳴たちは後に語る。


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