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灯水に連れられて部屋に戻るなり、焦凍は畳に押し倒された。されるがままながら受け身を取った焦凍は、掛け布団のようにのし掛かる灯水を抱き留めた。


「どうした?」

「どうしたじゃねーわドアホ」

「お、」


なに怒ってんだ、と言おうとしたときだった。言葉が続く前に、灯水は焦凍のシャツの襟首を広げ、むき出しになった肩に思い切り噛みついたのだ。普段の噛み癖の比ではない。


「い”っ!!?お、前、本気で噛んだろ……!?」

「うるへー」


噛み付いたまま言われ、血が滲んでいるだろうそこを舐められる。猟奇的な感情表現にぞくりとする。先ほど切島が言っていた通りだ。


「別に他人と喋るなとか言わないけどさぁ、距離感ってあんじゃん」

「おお……」

「超えちゃいけない境界線ってあると思うわけだよ」


ぐりぐりと鎖骨あたりに顔を押し付け、くぐもった声で叱られる。その可愛さにそれどころではない。


「……ヒーローだし、人気商売だし、みんなの焦凍だよ、これからは。でもさ、そうは言ってもさ…」


その後頭部を撫で背中を抱き締める。焦凍の上に乗っかる灯水の体は弛緩した。無意識に安心しているのだろう。


「……俺だけが、独占してもいい部分ってあるじゃん…なんつか、恋人兼兄の俺の特権ていうかさ。今日の腕組んだり触ったりみたいなのは越権なわけでさ……」


普段独占欲があるのは焦凍だ。こういう灯水だって、もともとパーソナルスペースが狭いため、たまに他のやつと距離が近く焦凍をやきもきさせる。だが、今日は灯水がその感情を吐露させていた。

少し前まで、灯水はこんな簡単な感情はおろか、もっともっと大事で大変なことでも焦凍に言うことができなかった。こうやって、ストレートな感情を包み隠さず思い切りぶつけるということは、灯水にはまだ簡単なことではない。

もともと優しい灯水のことだ、こうやって言いながら、焦凍の行動を制限するような自分勝手な感情に辟易としているかもしれない。切島が言っていた通り、そんな自分が嫌だと思ってしまいかねない。
そろそろ止めさせないといけないだろう。

焦凍は腹筋に力を入れて、灯水を抱き締めたまま起き上がり、腕の中に灯水を閉じ込めるように抱き締め直す。灯水は焦凍の胸元から顔を上げる。

その額にキスを落とすと、灯水はむっとした。


「誤魔化そうとしてんの」

「ちげえ。灯水の可愛さにキャパオーバーしそうになった」

「はあ??????」


その白い髪の毛をそっと撫で、至近距離で目を合わせる。


「悪い、まだ距離の自然な取り方が分かんねえ。でも、灯水に嫌な思いさせちまったけど、そうやって言ってくれて嬉しい」

「……でも、自分勝手じゃんね」


やはり、焦凍が一言謝っただけで、灯水は途端に済まなさそうにしてしまった。それを諫めるようにまたキスを1つ落とす。


「そんなことねえ。俺はちゃんとお前のだ。他人との距離はわきまえねえと」

「……焦凍はさ、俺が告られてんの、どうとも思わないの」


すると、灯水はおもむろにそう尋ねてきた。感情を一方的にぶつけて不安になってしまったようだ。こんなにも灯水の機敏には気付けるのに、他人のこととなるとまだ焦凍には分からない。


「あんま嫉妬はねえ。昔からモテてたし、お前のそういう魅力は俺が一番よく知ってる」


頭を撫でつけてやりながら正直に話す。切島に話していたことだ。


「俺の兄で彼氏なんだぞ、いいだろって自慢して回りてえ」

「そっ、か……じゃ、あさ、俺が他の人好きになったら?」


さすがに照れたのか、そんなことを聞いてきた。それも切島に話していた通りだが、そればかりは内緒だ。


「完全犯罪だな」

「ヒーローだろ……」


呆れたようにする灯水は落ち着いたらしい。焦凍も安心して、素直に甘えてくる灯水を少し強めに抱き締める。

本当は、灯水が別の誰かを向こうものなら、総合病院にある心理ケアのための記憶操作を受けさせるつもりだった。相手のことを忘れさせ、相手には焦凍から脅しを掛けて離れさせる。
その具体的な算段はつけていたし、金額も想定済み。だがそんなことは話さなくていいだろう。

ずっと焦凍のことを見ていてくれればいいだけの話で、今のところ、それは心配する必要のないことのようだからだ。


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