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相合傘と言っても、ガサツで粗暴な爆豪とのそれに甘い要素などあるはずもなかった。
「おいせめぇ、もっとそっち行けや」
「いやそれじゃ俺が濡れるじゃん」
「知らんわ」
「ひえ〜、こんなにも図々しいとは…」
肩を濡らすのは2人ともで、高校生男子が大きくない折り畳み傘に収まらない以上当然のことだった。これでも、右隣を歩く爆豪と肩がくっついていて、限界まで近くにいるのに、灯水の左肩も爆豪の右肩も濡れていた。
すでに夏服の半そでシャツを着て、逞しい腕を晒す爆豪。灯水はまだ寒暖差に対応するべく、長袖シャツの袖を捲って黒いベストを着ている。
薄いワイシャツ越しに、爆豪の鍛えられた上腕が触れていて、そこから熱が伝わってくる。
すぐ近くに端正な顔があることも、なんだか落ち着かない気分にさせた。
しかしやがてすぐに山道の斜面に差し掛かると、そんな気分は霧散する。
「ちょ、歩くの早いって」
「おめーがおせぇんだよ!つか濡れんだろが、とっとと歩けや!」
「そっちが合わせるのが礼儀じゃん!」
「うるせぇわ!」
「あっ、ちょっ、」
歩幅が大きく歩くのが速い爆豪は、合わない歩調にいら立ったようで、ついに灯水から傘を奪った。これでは強制的に灯水が爆豪に合わせなければならないことになる。
それは癪に障った。
途端に雨が頭に降りかかると、灯水はすぐにざっと距離を詰めて、爆豪の傘を持つ左腕に飛びついた。恋人なら腕を組むようなそれは、今は取っ組み合いに近い。
「なっ、てめ」
「それ俺の傘だかんね!?」
「ひっついてんじゃねぇ!」
「じゃあ返せっての!!」
やんややんやと言いながら押し合いをすれば、当然、もっと濡れていく。しだいに傘を今更取り返したところで、もう制服はすっかりびしょ濡れというところまで来てしまった。肌に張り付く感覚が気持ち悪く、濡れた前髪から水滴が頬を伝う。
息を切らしながら、同じく濡れる爆豪を見やる。2人してわずかにしか傘に入っておらず、空いた距離の分だけ、濡れている。それが堪らなく滑稽に思えた。
馬鹿らしい、そんな気分になったときだった。
突然、雨が降り続くのに、空から日が差してきた。お天気雨、狐の嫁入りと呼ばれる現象だ。
青空すら見える日差しなのに、変わらず2人には雨が降ってくる。空と同様、いつの間にか、灯水の沈んでいた心も、どこか晴れていくような気がした。
***
爆豪は、ただでさえ下校という一日の疲れを感じるタイミングで、雨にずぶ濡れになってまで灯水とじゃれあってしまったことを今更恥じていた。
何をやっているんだ自分は、とむずがゆいような、そんな気分である。
最初は、触れ合う肩や至近距離の端麗な顔に少しどきりとしないでもなかったが、傘を取り合うとそんな殊勝な気配は微塵もなくなり、山道を下りながら取っ組み合いの言い合いになった。
やがて空まで自分たちを笑うように、雨なのに晴れるというおかしな天候になった。日差しの方角は青空なのに、自分たちの直上や海の方角には依然として黒々とした雲が立ち込めている。
斜面の先に広がる住宅街も雨に霞み、その先の海も波が高い。
それでも、2人は光に照らされていた。
すると、突然灯水が爆豪の隙を突いて傘を奪った。「あっ、てめぇ、」と小さく漏れるが、灯水はなぜか取り返した傘を歩道に放ってしまう。そしてそのまま、雨に打たれながら爆豪より数歩先に斜面を下りた。
灯水は両腕を広げると、爆豪を振りかえる。
「ほんっと、何バカなことしてんだろーね」
そう言いいながらも、灯水は珍しく、屈託のない笑顔を浮かべた。心底楽しい、というような表情は、初めて見るもので、教室でも見たことがなかった。焦凍や友人たちに見せるものではなかったのだ。
そんな灯水の背後には、やはり雨に濡れる街と海、低い曇天が見えていたが、爆豪の後ろ、斜面の上の方からは日差しが照らしてきていて、その光によって虹がかかっていた。
灯水の背景には、唯一その虹だけが晴れを連想させるものだったが、不思議と灯水自身が、その浮かべる笑顔が、何よりも晴れをイメージさせた。
今日も何か思い悩んでいるようだった灯水だが、爆豪は柄にもなく、やはり灯水は人を照らせる存在なのだと思ってしまった。
何より、こんな表情を見せたのが例によって自分の前であるということで感じる高揚感を自覚して、思わずため息をついてしまったのだった。