爆豪の自覚
翌朝、爆豪はいつも通りの時間に目が覚めた。アラームが鳴る数分前だ。
しばらくぼう、とすると、ふと隣に人の気配を感じる。そういえば泊まっているんだった、と思い出して見てみると、灯水がやたら安心したような表情で寝ている。それも、爆豪の右腕にぎりぎり額をつけるかつけないかといった近さで、無意識にこちらにすり寄ってきたのだとわかる。
爆豪のそばに寄ることで安心したようにしているのだと理解して、むずがゆいような、そんな気持ちになった。
それがむかついて、爆豪は灯水の頭をはたいてたたき起こした。
「おら起きろ!」
「っ、…?……」
灯水はびくりとして目を開けるが、今度はやたらぼうっとしている。目を開けて寝ているようなものだ。どうやら朝に弱いらしい。
短気である自覚はある爆豪は、もう一度灯水をはたくと、強制的に支度をさせることにした。先ほどの殊勝な空気など霧散した。
***
「あんな何回もぶたなくてよかったじゃん」
「うるせぇ、起こしてやっただけ感謝しろ」
「ん、ありがと」
そう言いつつあくびをする灯水をもう一度どつきたくなるが、カーディガンの余った袖を口もとに添えて眠そうにしている灯水が不覚にも可愛く見えてしまい、逆に自分を殴りたくなった。
灯水は今、乾かしてアイロンをかけたスラックスとワイシャツの上に、爆豪が貸したベージュのカーディガンを着ている。
部屋着からしてそうだったが、体格差のために一回り余っている。特に袖が余っており、灯水は指先しか見えていなかった。もともと来ていた黒のベストは、乾かなかったため灯水が持ち帰る。
それにしても、と爆豪は隣を歩く灯水をちらりと見る。
昨日も昨日とて、灯水は爆豪の中に爆弾を落としていった。灯水が勝手に落ち込むのを一蹴してやるのはもう慣れたが、昨晩は少し違ったのだ。
中学の仮初の人付き合いしか知らない灯水は、今、雄英での友人関係の構築に戸惑っている。いや、昨日初めてそれに気づいた。「友達」というものに実感がないため、何が友達なのかいまいち理解できないのだ。定義や概念は言葉で説明できるが、自分のものとして落とし込めないのだろう。
だから、爆豪はこれからやればいいだけだと言ってやったわけだが、そのあと灯水は、ほかならぬ爆豪とまず近づきたいのだと言った。
てっきり切島や葉隠などに対して言うのかと思っていれば、選んだのは爆豪。
これまで自分だけに見せてきた様々な表情にほだされてきたが、こうもストレートにぶつかってこられると、さすがの爆豪も邪険にすることができなかった。
いや、正直に言えば、ぐっときた。
それでもその感情を認めようとしないのは、最後の抵抗と言ってもよかった。
そんなことを考えながら電車に乗ったときだった。いつも通り込み合った車内、どんどん乗客が増えてくる中、これを乗り継いで40分かける。
灯水とは、すぐ近くではないが比較的近くで立っていた。特に会話もなく、静かな車内は出勤前のけだるさが満ちる。振動に揺られながらスマホをいじって過ごしていると、おもむろに、爆豪の袖が引っ張られた。
その手は、やはり余った袖から除く指だけしか見えない。何かと思って視線を辿ると、そこには、何かに耐えるように目を閉じる灯水がいた。
その下半身からは、異様に近い位置に立つ男が見えていて、スーツの腕が灯水の下半身をまさぐっているのがかろうじて見えていた。
状況を一瞬で把握した爆豪は、次の瞬間、頭に沸き立つような怒りが突き上げるのを感じた。
確かに爆豪の沸点は低い、だが、怒りの強さとそれは別だ。つまり今、爆豪は、明確に激怒していた。
しかし同時に冷静さも失わない。爆豪にすがるような手は、声を出せない灯水の様々な恐怖や葛藤を示すものだ。同じ男として、その気持ちもよくわかる。だからこそ、爆豪は揺れに合わせて人の波をかき分け、灯水の元へ近づいた。
そして、痴漢の男を思い切りにらみつけた。
「ヒッ」と声が漏れるのを無視すると、そのまま灯水を扉の方へ押しやる。
そうして灯水を扉に押し付けると、男や周りから隠すように、その頭上に両方の肘をついた。
一切言葉はない。ただ無言で、ただただ怒っていた。一瞬でことを解決してしまえば、もう、爆豪は認めざるを得ない自身の感情が頭にちらつくのをどうしようもできなかった。
自分以外に笑顔を見せたくないし、自分に以外に触られたくないし、自分だけに見せるいろんな感情や表情をもっと知りたいと思う。
本当は、あの登山のときからずっと分かっていたことだった。
灯水の不安定さや、あまりに純粋であまりに大きな優しさが気になった。爆豪自身、クラスメイトや幼馴染みとの関係の中で、入学してから自分のメンタルが不安定になっていることを自覚していた。
だからこそ、強く優しい灯水の不安定な部分を自分だけが見て、自分の言葉で動かされて、自分のそばに安心する姿に惹かれたのだ。
分かっていたのに、認めようとしなかっただけだった。
これを恋と呼ばない方法が存在しないことを、聡明な爆豪は、本当はしかと理解していたのだ。