癒えない傷
翌日、テスト明けの休みということで焦凍とともに冷の見舞いに行った灯水だったが、焦凍より先に帰ってきてしまった。今は家の自室で畳に横になっている。
「はぁ……大丈夫だと、思ったんだけどな」
今ならありのまま向き合えると思っていた。切島たちには自然体になれていたようだから、母の前でも大丈夫だろうと。
しかし実際に病室を訪れてみると、灯水の知らない笑顔で楽しそうにする冷と焦凍の姿を見て動揺してしまった。今まで、母のあんな笑顔は見たことがなかったのだ。
灯水がこれまで見舞いをしてきたときには、こんなにも花の咲くような笑顔で会話をしていたことはなかった。優しい表情をしていたけれど、影のある、焦凍への申し訳なさばかりをにじませたものだった。
冷は次々と焦凍に続きを促すような質問をしているが、灯水は冷に自身のことを聞かれたことはなかった。
それは、灯水が無意識にそう会話を誘導していたからで、焦凍のことを最大限尊重できるように、母の心労を最小限にするために、灯水のことを話さず気に掛けさせないようにしていたためだ。
ある意味では自業自得ともいえる。
それなのに、爆豪が気付かせてくれた様々な感情が湧き上がってしまう。寂しさや、なぜ興味を持ってくれないのかという感情が混ぜ合わさり、ぐるぐると回る。
結局、それに耐えられず、具合が悪いと言って先に帰ってきた。焦凍を残して1人で帰宅し、自室でそれを振り返りさらに溜息をついたところだ。
ありのままと言っても、自分ですら偽っていたことに気付かなかったほどなのだ。とりわけ、付き合いの短いクラスメイトならまだしも家族にはそうもいかない。家族だから、どう接すればいいのか分からなかった。
しばらくして、焦凍が帰ってきた。随分話し込んでいたらしい。
真っ直ぐ自室に来ると、横になる灯水のすぐ近くに腰を下ろす。
「具合どうだ、大丈夫か?」
「あ……うん、大丈夫」
仮病を使ったのを忘れていて一瞬反応が遅れた。焦凍は灯水の額をそっと撫で、「熱はねぇな」と呟いた。
「お母さんが心配してたぞ」
「え、なんで?」
「は……?なんで、って……」
焦凍は冷が心配してくれたと教えてくれたが、灯水は思わず聞き返してしまった。
自分がこれまでそう仕向けていたこともあるし、今日は焦凍と会話が弾んでいたこともあって、灯水への関心など存在しないような気になっていたからだ。目の前で具合が悪いと言って息子が帰って、心配しないわけがないのに。
「…母親なんだから、当たり前だろ」
「あ、はは、そりゃそうだ……」
怪訝にする焦凍ももっともだ。そんな当たり前まで疑ってしまい、焦凍にすらそれを指摘されてしまった。
ズキ、と久しぶりに胸の奥が痛む。
もう、灯水は自分を出来損ないだとは思わないし、クラスではある程度変わることができたし、家族とも新たに接していけるはずだと思っている。いずれも爆豪のおかげだ。
それでも、かつて灯水が胸の奥に閉じ込めた幼い自分は、まだ泣いていた。誰か自分を視てくれと泣いている小さな灯水は、依然として心の中にいるらしい。
どうやったらあの子を、幼い自分を救けてやることができるのだろうか。分からないまま、その日は終わった。