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その後も祭を回りながら、灯水は適度に爆豪から距離を取ろうとし続けた。とはいっても、貧相な灯水のコミュニケーション能力では、咄嗟に話題を変えることはおろか爆豪への心臓の高鳴りを抑える術すらなく、だんだんと口数が少なくなっていった。ボロが出そうだからだ。
物理的に少し離れてみたが、祭の人混みでは限界がある。それでも空いた僅かな距離に、チクリと胸が痛んだ。
もっと、恋とは綺麗で楽しいものなのだろうと思っていた。そう描かれることが多いからだ。でも実際は、ままならないことばかりで、自分でも抱えきれないような感情を持て余すばかりだった。
もう少し上手く生きることができたなら、マシだったのだろうか。いたずらに爆豪から離れなくても気持ちを丁寧に隠しておけたのだろうか。
冷とも、もっと上手く関わって、あんな思いをせずに済んだのだろうか。
「おい」
すると、いきなり爆豪に襟首を捕まれた。「ぐえ」と変な声を漏らしながら、引っ張られるまま振り返る。
「なに……?」
「こっち来い」
爆豪はそれだけ言うと、祭から外れて境内に入っていった。花火大会の始まりが近いからか、大きな木の生い茂る境内からは人がいなくなっており、閑散としている。
祭仕様なのかは分からないものの、参道の両側の灯籠はチロチロと蝋燭が灯されていて、僅かに鳥居を照らしていた。
鈴虫の鳴き声と木々のざわめきが、涼しい夜風に吹かれて暗い参道を駆けていく。誰もいない静謐な空間に2人しかいないため、だんだんと緊張してくるのを感じた。
「ね、どしたの」
「……てめぇ、」
声をかけるとようやく止まり、爆豪はこちらを振り返った。その表情は凪いでいるが、眉間に皺が寄っていた。いつもよりもそれはきつめだ。
「……俺のこと、避けてんだろ」
「へ……いや、まさか、」
「バレてねぇと思ってんのか?」
見透かすような赤い瞳は、月明かりの下だと余計にこちらの心を見通すようだった。嘘をついたら、すぐにバレてしまうだろう。
「……バレてるかもだから、気を付けようとは思った」
「そばに寄るわりには避ける。誘えば来るくせに近付くと逃げる。それでバレねえわけねえだろクソが」
「…うん……」
これは理由を聞かれるかもしれない。灯水は、ひとつ深呼吸した。クラスで素になれたように、あえて作ることだってできる。
嘘ではなく、違う言い方をすればいいのだ。それで誤魔化す。たとえどんな理由であっても、この気持ちがバレることだけは避けたかった。
「なんで避けやがった」
「……だって、これ以上爆豪君にベタベタしてたらさ、さすがに気持ち悪がられるかなって。俺、いまいちほんとの人付き合いって分かんないから、もしかしたら、不快にさせてんじゃないかって……」
これは決して嘘ではない。言い方を変えてみただけだ。爆豪はさすがに灯水の微妙なニュアンスは分からなかったのか、溜息をついて「そうかよ」とだけ言った。
そして、突然、正面から抱きしめてきた。
「……えっ、」
「舐めんなアホが」
爆豪の筋肉質な体に抱き締められ、厚い肩口に顔を押し付けられる。正面から立ったまま、このように抱き締められたのは初めてだ。かつてないほどのゼロ距離に、急速に心臓の鼓動が速くなる。
「てめぇ1人周りでウロチョロしようがクソほども気にしねえんだよ」
「で、でも、不愉快じゃないの?俺、すげえ引っ付くよ、超ベタベタするかもよ」
「不愉快に思わせてから言えや」
なんと、爆豪はこんなゼロ距離を今後も許してくれるのだという。灯水の気持ちはさすがに気付いていないようだが、なぜか恋人のようなこの距離感を認めてくれた。
こんなこと言うようなヤツじゃないと、そう思っていたのだ。だから、悩んでいた。