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「……なんで。爆豪君、馴れ合うの嫌いじゃんか」


先程理由を聞かれたように、灯水も聞いてみた。切島や、間違っても緑谷などにこんなことは絶対しないはずなのだ。それなのになぜ灯水には許すのだろうか。


「……お前がそれに気付いたら教えてやんよ」

「それ意味ないじゃん」

「うるせえ」


やはり横暴だ。理由は答えてくれる気配がなく、恋している身としては理由もなしにこんな距離を許してくれるなど、逆に不安になる。恋人でもないのにこんなことをするのかと。

もぞもぞと動いて離れようとすると、爆豪はそれを阻止するようにぎゅっと強く抱き締めてきた。太い腕が背中を締め付けてくる。少し苦しくて逞しい背筋を叩くと、若干緩まった。


「……おい、期末んとき、勝負するっつったの覚えとるか」

「え…うん、」


総合得点が高い方が低い方に言うことを聞かせられるようにするというルールで勝負することになったときのことだ。結局、爆豪が数点高かったが、灯水としては自己最高だった。
あのあと爆豪が何も言わないのをいいことに黙っていたが、ここでぶり返すとはいったいどういうことなのだろう。


「俺が勝ったんだから言うこと聞けや」

「……なに」

「…………離れんな」


小さくそれだけ言うと、爆豪はそっと頭を灯水の肩に預けた。視界の端に爆豪の首筋の背骨が見える。
離れるな、という言葉は、思ったよりも灯水が避けていたのを気にしていたことを意味していた。

なんだかんだ、爆豪も灯水のそばを心地良いと思っていてくれているらしい。それが堪らなく嬉しくて、つい灯水からも爆豪に抱き着いた。

言えば伝わるし、言わなければ伝わらない。当たり前だ。言わなければ爆豪が灯水との時間を大切にしてくれていたことを知らないままだったし、言ったから本当は灯水ならそばにいても良かったのだと知ることができた。


「……母さんも、か」

「あ?」

「いや……あのね、」


灯水は爆豪に話してみることにした。冷の見舞いでの感情や、それが耐えられず帰ってしまったことも。


「単にさ、言えば良かったんだよ。母さん、聞いて、俺さ、っていう風に。そうすりゃ、母さんも興味を持ってくれた」

「……つれぇモンはつれぇ、それでいいだろ」

「うん……そう、だね。もう基本的には大丈夫なんだけど……まだ、小さい頃の自分が『つらいよ』って泣いてるみたいな感覚」


冷にだって、聞いて欲しいと意思表示すれば良かっただけの話だったはずなのだ。それを、泣いている自分を守るために理由付けだけして仕方ないと家に帰る。もう、そんなことはしたくなかった。家族だからこそ、向き合わなければならなかった。


「……よく、自分がつらかった頃の自分の親になれってカウンセリングでやんだよ。大人になった今だから、自分という子供をあやすことで、過去に捕らわれたままの自分を解放できる」

「…そんな器用なことできるかな」

「できねぇなら俺がやる」


爆豪はそう言うと、灯水の頭を優しく撫でた。肩に預けていた頭を起こして、爆豪は自身の頬を灯水の髪にそっとつける。すべてが丁寧で、この男にしてはあまりに優しかった。


「……頑張ったな」

「っ、!」

「俺がお前にこの距離を許したのは、お前が先に勇気出して踏み込んできたからだ。だから、母親にも歩み寄れる」

「ば、くご…くん……」


最初に爆豪の内側に踏み込んだのは灯水だった。これから新しく関係を作ればいいと示してくれた、他ならぬ爆豪に近付きたいと、あの雨の日の夜に告げたのだ。
爆豪がこの距離を許してくれたのは、そうやって先に灯水が頑張って踏み込んだからだったと爆豪は言ってくれた。

そこに、甲高い音に続いて破裂音が夜空に轟いた。静かな境内が、一瞬明るく照らされる。それが断続的に何度も始まった。花火大会が開始されたようだ。
夜空に咲く満開の花を見れば、見舞いや距離を取っていたときの痛みがすべて消えていく。何より、世界で1番安心する匂いに包まれて、その低い温もりを感じているのだ、輝くような閃光に照らされた鳥居や灯籠とともに心も晴れ渡っていくようだった。


(……見える?小さい頃の俺。もう、大丈夫だよ。ちゃんと一歩進んだら、みんな迎えてくれるから。だからもう、泣かなくていいんだよ)


心の中でそう呟くと、鏡などで自分ですら見たことのなかった子供の笑顔が、満開に咲いたような気がした。

きっともう、灯水は、大丈夫だ。

そう思えた瞬間、ひとつだけ涙が零れたあと、灯水は笑って爆豪の肩に顔を埋めた。


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