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風呂を出ればあとは寝るだけだ。爆豪は灯水に翻弄されたことを少し悔しく思いながらも、当の本人は眠いのかぽやぽやとしていて、頭をぶつけそうになるのを爆豪が防いでやり大部屋まで連れて行ってやるという世話を焼いてしまった。
無意識にそんなことをやってしまったことに、自分が一番驚いていた。自身がそんな殊勝なことをする人間ではないことは重々承知していて、対価や絶対的必要性、メリットもないのに、何も考えずあれこれ灯水のそばで手を尽くしてしまうことが異常とすら思えた。

たとえ自分であっても、言うことを聞かずままならない存在は不快なはずなのに、まったくそんなこともなかった。

惚れた方が負け、など、認めたくなかったがそう言わざるを得ない。


大部屋に着いて自分の布団を敷くと、灯水が左隣にやってくる。「隣いいかな」と言いながら布団を敷くあたり、こいつもこいつで図太いな、と爆豪は呆れた。夏祭りのときはあれほど申し訳なさそうにしていたくせに、許可すればこれだ。それなのに、バスでのときのようにゼロ距離には慣れない。それがかわいいあたり、どうしようもなかった。

爆豪は合宿の間どう灯水と接するか考えていたが、とりあえず、灯水の好きにさせる方向で動くことに決める。灯水が自ら起こした言動をすべて受け入れる姿勢を示すことで、きちんと灯水から距離を詰められるようにするのだ。

決めてしまえばあとは楽で、爆豪はやりたいようにやればいい。スマホにイヤフォンを繋いで、布団にうつ伏せに横たわると枕に顎を乗せて音楽を聴く。これはただのバックグラウンドのBGMで、画面ではその日のニュースをチェックしていた。
すると、灯水が遠慮がちに爆豪のシャツを引っ張る。ちらりと目線を向けて、左耳のイヤフォンを外した。


「なに聴いてんの?」


口調はいつも通りだが、シャツを掴む指先も、尋ねる目線も、邪魔ではないだろうかという迷いがうっすら見えた。まったくそんなことはないのだと分からせてやるには、合宿はちょうどいい機会だろう。


「……おら、」

「え、ありがと……」


爆豪は左耳のイヤフォンを差し出す。意図を理解した灯水は驚き、爆豪の隣に同じ姿勢でうつ伏せになると自分の左耳にイヤフォンを嵌めた。
当然イヤフォンの稼働幅は大したものではない、イヤフォンを痛めないよう灯水は爆豪と肩をくっつけるように距離を詰めていた。


「知らないや、流行ってんの?」

「知らね。適当に聴いてっから」

「作業用BGMってやつだ。俺はケルト音楽聴いてる」

「つえーんだわ癖が」


そんな短い会話を重ねていくうちに、灯水の返答が遅れ始めた。いよいよ眠気もピークなのだろう。爆豪の予想よりもむしろ遅かった。


「ねみぃんか」

「や……ねむくない……」

「嘘ついてんじゃねぇ。寝ろ」

「でも……せっかく爆豪君と遅くまで話せる機会なのかって思ったら、もったいなくて……」


ゴシゴシと目を擦って頑張ろうしている。他ならぬ爆豪と話したいからなのだと言われて、爆豪は灯水の手を止めつつ頭を撫で付ける。


「うるせェ寝ろ」

「んん……」


頭を撫でられる感覚で即(寝)落ちした灯水はそのまま眠りに落ちる。イヤフォンを外し、枕に頭を乗せてやり、布団から出て掛け布団を灯水にかける。そして爆豪は灯水が敷いた布団に胡坐をかいた。
それを見ていた上鳴が、「あのさ、」と声をかけてきた。


「爆豪って、灯水にはびっくりするくれえ優しいよな」

「あ?」


上鳴の疑問が男子全員が感じていたことのため、注目が集まる。ただ一人切島だけは事情を知るため、苦笑していた。


「……俺に優しさなんつー生易しいモンがあるとすンなら、それは全部こいつに使ってんだろうな」

「おっふ…優しさスキルを極振りってことね……」


その回答で全員概ね察しただろう。こうして外堀を埋めていくことで、灯水から逃げ場をなくすのだ。


「おい、お前なに企んでんだ」


そこへ冷えた声を投げ掛けたのは焦凍だった。一瞬で男子たちの間にも緊張が走る。上鳴たちは恐る恐る爆豪を見遣るが、爆豪は別に何も感じていなかった。もはや灯水は焦凍を生きる理由にはしていないし、そうせざるを得なかった過去の自分を、そのとき無視していたつらい気持ちも、すべて受け入れた。それだけの強さを、今は持っている。


「…企んではねェわカス。覚悟決めてんだよ」

「覚悟……?」

「こいつの全部受け入れて、隣を歩く覚悟だ」


じっ、と焦凍の色違いの瞳を睨み付ける。怒りではなく、単に爆豪がそういう目つきなだけだ。爆豪の言葉は、事情を知っていればまったく異なる響きを持つが、そうでなくとも一般的に特別な意味を持つ。爆豪の本気に、A組男子たちは息を飲んだ。
焦凍も天然で人間1年生然りといった情緒ではあるが、それでも爆豪の意味するところは理解したらしい。灯水を取られることへの恐怖と同時に、灯水の幸せを優先したい気持ちもぶつかっていることだろう。複雑そうな表情をしていた。


「…最後に選ぶのはこいつだ。こいつの人生だしな。俺はそれまでベスト尽くし殺すだけだ」


選ぶのは灯水だ。なぜなら、灯水はもう、自らの足で自らの人生を歩み始めたのだから。


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