どうなりたいか


翌朝、早朝5時から集合させられたA組に待っていたのは、地獄のような個性伸ばし訓練だった。相澤が言っていたように、確かにこれまで習得してきたのは戦い方や立ち回り方といったもので、灯水を含め全員個性そのものを伸ばす機会がなかった。

こうしてそれぞれの個性に即した訓練が組まれ、それをマンダレイやラグドールが監督する。

焦凍と灯水は、ドラム缶に入れられて氷結と炎熱のコントロールを精緻なものにすることだった。
焦凍は熱湯の中に入って体を温めつつ氷結と炎熱を繰り返し、灯水は冷水に入って体を冷ましながら氷結と蒸気、超臨界水などの個性を使用する。元々個性の細かな使い方はそれなりに得意だった灯水は、今回の訓練では個性の底上げに焦点が置かれていた。

ガタガタと寒さに震えながら、右手から蒸気、左手から熱湯を出す灯水の隣で、焦凍は汗をかいて炎と氷を連続して交互に発生させる。
相澤が他の生徒のところにいったところで、焦凍はおもむろに話しかけてきた。適度に休憩がてら会話をするくらいなら相澤も注意しないのだが、焦凍は明らかに人目を気にしていた。2人の個性は範囲型のため、他の生徒とはかなり距離がある。


「なぁ、灯水」

「うん…?」

「お前、爆豪のことどう思ってんだ?」

「え、爆豪君…?なんで?」


焦凍が誰かのことを聞いてくることもそうだし、それが爆豪のことだったので灯水は軽く驚いた。焦凍はじっとこちらを見ており、答えろという圧力がかけられる。


「……大切な人、かな。家族以外でここまで大事だな、って思う人は、初めてなんだ」


改めて口に出すのは、相手が身内ということもあって少し気恥ずかしい。しかし焦凍は「そうか」とだけ言ったきり黙ってしまった。


「…焦凍?どうしたの?」

「いや…なんで灯水はあいつのこと、そんなに評価してんだ?ぶっちゃけあいつ、粗暴だろ」

「あー…」


好きだから、などと言うのはさすがに憚られた。それこそこの感情を知っているのはオールマイトだけだ。別に焦凍に言いたくないわけではないが、同性を好きになるということへの動揺はないわけではないため、言いづらかった。恐らく、灯水自身が、この先爆豪に気持ちを伝えるか覚悟を決めていないからだ。まだそこがしっかりとしておらず、そうなりたいかわかっていないから、焦凍に言うことができない。

付き合いたいとか、そういったことは、あまり実感がなくよく分からなかった。


「…今度、話すよ。聞いてほしいことがあるんだ。まだ、話せないけど」

「……分かった」


それに、この話は、必然的に過去のことを含む。灯水のすべてを打ち明ける覚悟が決まらない限り、焦凍に爆豪への気持ちを説明することはできないのだ。それでもいつか話したいと思う。焦凍がこれを聞いても影響を受けないようになってから、すべてを話したかった。そう思えるようになったこと自体が爆豪のおかげだ。


***


夕方になると、ピクシーボブとラグドールに呼ばれ、生徒たちはキャンプ施設のような場所に集められた。どうやら飯盒炊飯をさせられるらしい。疲れ果てていた生徒たちだったが、A組もB組もそれぞれ役割を決めて作業に取りかかる。

特に料理ができるわけではない灯水はどうしたものかと見渡す。女子は炊飯と味付けをやるらしく、焦凍は火力調整にかり出されている。野菜を切る切島たちに混ざろうかとも思ったが、ふと、爆豪が包丁を持っているのが見えた。そして、すさまじい勢いで人参を切っていく。その手さばきはまるでプロだ。
すごい、と素直に感心した灯水は爆豪の隣に近寄った。


「爆豪君、料理できんの?」

「カレーなんざ料理のうちに入んねェだろ」

「俺、家庭科以外で包丁持ったことないから教えてよ」


言いつつ隣に立って包丁を持つ。聞いておきながら答えを待たないような態度をとっても爆豪はすべて許してくれた。そして、夏祭りで言っていたように、灯水がどれだけ近づいても拒まなかった。少しずつ試すように近づいていたが、それにも慣れてきている。


「…一回やってみろ」

「分かった。あれだよね、猫の手」


ぐっと拳を握って、皮の剥かれた人参を押さえつける。手を丸くしていては安定しないでのは、と内心で思いつつ包丁を堅い人参に力強く押しつけて切ろうとすると、ガン!と大きな音を立てて人参を滑って包丁がまな板をえぐった。拳で押さえているだけだったため、人参が転がって包丁が滑ったのだ。


「なにやっとんだ」

「文字通り手が滑った」

「うまいこと言ったみてぇな顔してンじゃねェぞ」


呆れたようにする爆豪はそう言うと、灯水の後ろに立った。そして、後ろから灯水を抱きしめるように手を回し、右手の包丁と左手の人参を灯水の手ごと掴んだ。
包み込まれるように、爆豪の節くれ立った手に覆われ、灯水は背中に爆豪の逞しい胸筋と甘い匂いを感じる。爆豪は灯水の右側に顔を出し、低い声で持ち方を教えてくれたが、耳にダイレクトに響くその声にぞわぞわとした。

そういえば、夏祭りで金魚すくいのときに同じような姿勢になった気がする。あのときは横からだったし、互いにしゃがんでいたことで少し距離があったが、今は後ろから閉じ込められるようになっているためゼロ距離だ。

まさかそれを男子たちが生暖かい目で見ていたとはつゆ知らず、灯水は何とか野菜のカットをこなしたのだった。当然、やり方など覚えられていない。


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