甘言


灯水は急速に意識が浮上する感覚で目が覚めた。視界に入ってきたのは、フローリングと薄暗い照明、そして眠っている爆豪の姿だった。どうやら床に二人並んで横たえられているらしい。急に起きることはせず、呼吸を乱さないように注意しながら辺りを見渡し、誰も部屋にいないことを確認する。

爆豪は手に大きな金属の枷を嵌められており、個性を封じられていた。一方の灯水は何も拘束されていない。
ゆっくりと起き上がって改めて部屋を注意深く見てみるが、特に家具すらなく、窓もなく扉があるだけだった。灯水も爆豪も外傷はない。
ここにワープで連れて来られたその瞬間に爆豪が攻撃をし、それを分かっていたかのように二人とも薬品で眠らされた。それから記憶がなく、襲撃からどれだけ時間が経過したかも分からない。当然、スマホはなくなっていた。

爆豪を起こすか、と思ったその瞬間、突然扉が開いた。急いで振り向くと、あの継ぎ接ぎだらけの肌。


「…荼毘、」

「お、覚えてたんだな。調子はどうだ?」

「最悪」

「そう言うなって」


荼毘は薄く笑うとこちらに歩いてくる。ブーツの踵の音がコツコツと響く。灯水は逃げたくなるのを堪えながら、目の前に荼毘がしゃがむのを待った。
正面に膝をついてしゃがんだ荼毘は、目線を灯水と合わせる。灯水が攻撃する気配を見せないことに、気分を良くしているようだった。


「ちゃんと分かってんだな、爆豪の命がお前の枷だって」


荼毘の言うとおり、灯水に拘束がないのは、爆豪の命を人質のようにすることで灯水の身動きができなくなるからだ。そもそも灯水の個性はどのように拘束されても発動できる、無駄なことをするくらいならない方が合理的だし、森の中で灯水を仲間に引き入れるつもりだと言っていたことからも、灯水を監禁しておくような真似はしないのだろう。
灯水は相手の出方を窺うためにも、努めて冷静に頭を巡らせた。まずは話を進めなければならない。


「枷しても意味ない個性だしね。で、仲間に引き入れるとか言ってたけど、プレゼンでもしてくれるわけ」

「ん?そうだな…いや、ちょっと聞きたいことがあるんだ。お前と、エンデヴァーのことについて。随分、ひどい目に遭ってきたんだって?」


酷薄な笑みを浮かべた荼毘が言ったことに、灯水は息を飲む。炎司はメディアへの露出を好まないこともあって、家族のことは当たり前だが世間に知られていない。苛烈な性格から、家族に対するあらぬ推測こそあれど、実際に何が起きていたかなど、知る術はないはずだった。
どうやって灯水を仲間に引き入れるつもりなのか、森では言わなかったが、どうやら敵は灯水の情報を仕入れて揺さぶりを掛けるつもりのようだ。


「ネットって恐いよな。あることないこと語られる。ただ、火のない所に煙は立たぬとも言うんだよな」

「……何が言いたいんだよ」

「いや?ただ…報われない生き方をしてきたんだなってな。そうだな、俺はお前を助けたいんだよ。出来損ないと蔑まれ、疎まれてもなお、弟を守ろうとしてきたのに、その弟に置いて行かれた灯水をな」

「ッ、なんでそれを、」

「だから言ったろ?ネットは恐いよなって」





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