神野の悪夢
その後も、荼毘の前では心が揺らいでいるような殊勝な態度を取っていたため油断させることができ、翌日、二人はバーのような部屋に通された。爆豪は鉄枷に加えて拘束具で椅子に固定されているが、灯水は特に拘束されるでもなく、爆豪の隣の椅子に座らせられた。
カウンターの内側にはワープの黒霧、クリーム色のカーディガンを着た女子高生の二人。カウンター席には死柄木が座っている。
壁際に立っているのは、合宿中に広場を襲撃した、確かマグネとスピナーという敵。そして荼毘と、ハットの男、全身タイツの男が各々立っていた。これが敵連合の中心メンバーということだろう。雄英を襲撃したときのように、雑魚や脳無がいるかは分からない。
二人を前に、死柄木は顔を覆う不気味な手首の向こう側で笑った。
「さっそくだが、ヒーロー志望の爆豪勝己君、轟灯水君。俺たちの仲間にならないか?」
「寝言は寝て死ね」
爆豪は不敵に笑って拒否し、灯水は死柄木を睨み付ける。特にそれに対してリアクションもなく、死柄木は笑ってマグネの後ろのテレビを指さした。全員の目線がそちらに向かう。画面には、雄英の記者会見が映されていた。相澤、ブラドキング、そして根津校長だ。
被害の全容を知らずにここに連れてこられたが、かなりの被害だ。恐らく、ガスによって先に森に待機していたB組の半分近くが意識不明となっている。緑谷のように、戦闘した者には重軽傷者がいた。これほどの被害を出した雄英に対する世間の目の厳しさを示すように、記者からの追求は厳しかった。
「なぜヒーローが責められてる!?奴らは少ーし対応がずれてただけだ!守るのが仕事だから?誰にだってミスの一つや二つある!「お前らは完璧でいろ」って?現代ヒーローってのは堅っ苦しいなぁ!」
灯水は、死柄木の言葉がUSJ襲撃事件のときよりもある程度の論理性を持っていることに気づいた。組織を構築する中で、一定のイデオロギーが必要だったのだろう。誰かの入れ知恵なのか、本当の持論なのかは分からない。だが、それはどうでも良かった。
ヒーローが、それも雄英が責められるのは当然だろう。保護義務を果たせなかった大人としての過失だけではない、国立の教育機関として莫大な国費が投じられている税金の結晶で起きた出来事だ。人々が治安維持を代わりに警察やヒーローにやってもらうために、人々は税金を納める。近代国家とは、そういうものなのだ。
「守るという行為に対価が発生した時点でヒーローはヒーローでなくなった。これがステインのご教示!」
そう言ったスピナーが、ステインを崇拝する思想の敵であることは広場での大仰な自己紹介で分かっていた。路地裏での戦いでも思ったが、やはりそれは理想論過ぎる。理想で命は守れない。対価を払って守ってもらうからこそ、暴力装置には秩序維持という権能が働くのだ。
死柄木はスピナーの言葉に続いて口を開く。
「人の命を金や自己顕示に変換する異様、それをルールでギチギチと守る社会、敗北者を励ますどころか責め立てる国民」
灯水の父であるエンデヴァーは、そういう意味では死柄木にとって「不適切な」存在だろう。ステインや彼のシンパにとってもだ。
「俺たちの戦いは「問い」、ヒーローとは、正義とは何か、この社会が本当に正しいのかひとりひとりに考えてもらう!」
どうやら死柄木たちは、一応の理念を持っているらしい。そういう体裁なのだ。既存の社会構造に弾かれた者たちが、そんな社会はおかしいと叫んで変えようとする。それ自体は連綿と続く人類史において腐るほど起きてきた出来事だろう。そして間違ったことでもない。しかし、敵連合には致命的に間違っていることがあった。