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黒い液体から脳無が出現したのを皮切りに、その液体は室内だけでなく下の通りにも出現し、一気にパニックと化した。さらに、灯水や爆豪の体の内側からも嘔吐するようにひどい異臭の液体が出てきて、その黒い影に包まれて視界がブラックアウトした。

いったいに何が起きているのか分からないまま、突然視界が開けて地面に投げ出される。


「げぇっ、げほ、げほっ、」

「っんだ、これ…ッ!」


隣には爆豪が現れ、周りに敵連合のメンバーたちも全員現れた。当然だがヒーローの姿はない。
あたりを見渡すと、街の一区画が、まるごと吹き飛ばされた跡地に立っていることが分かった。


「……なんだ、これ……」


呆然と、思わず声が出ていた。ビル街が跡形もなく更地と化し、空き地のようになった周りに瓦礫が折り重なる。遠くから悲鳴や怒号が響き、サイレンが聞こえてくる。黒煙が夜空に黒々と立ち上り、この惨状が今し方起きたばかりなのだと知る。


「悪いね、爆豪君、轟灯水君」


その声を聞いた灯水は、ぞわっと全身が粟立つようなおぞましさを感じた。急いで振り返ると、フルフェイスのいびつなヘルメットを被った大柄な男がスーツ姿で立っていた。声は先ほど部屋で聞いた「先生」とやらのものだ。


「また失敗したね弔。でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り戻した。この子たちもね…君が「大切なコマ」だと考え判断したからだ。何度でもやり直せ、そのために僕がいるんだよ。すべては、君のためにある」


何が起きているのか、この男が何者なのかも分からないが、このままではいけないと脳が警告していた。思わず後ずさると、爆豪も口すら開かずに攻撃姿勢となる。まさに、絶対悪。まるで恐怖という言葉を人の形にしているようだった。


「…やはり、来てるな」


すると男はそう呟いた。何が、と思った瞬間、轟音とともに風が吹き付け、骨と骨がぶつかる重い音が響き渡った。


「すべて返してもらうぞ、オール・フォー・ワン!!」

「また僕を殺すか、オールマイト」

「5年前と同じ過ちは犯さん」


男の名前はオール・フォー・ワンというらしい。言葉からして、オールマイトはこのオール・フォー・ワンと戦ったことがある。つまり、倒し損ねた相手ということでもあった。オールマイトすら倒せなかった相手という事実に足が竦みそうになる。だが、ここで守られていては、オールマイトが全力でオール・フォー・ワンと戦うことができない。


「爆豪少年、灯水少年を取り返す!そして貴様は今度こそ刑務所にぶち込む!貴様の操る敵連合もろともな!!」

「それは、やることが多くて大変だな、お互いに」


そう男が言ったとたん、その左腕が膨らむ。灯水は咄嗟に灯水と爆豪の前に分厚い氷の壁を作る。
その直後、オールマイトは男の腕から放たれた衝撃波によって飛ばされた。その衝撃波はさらに地面を抉ると、破壊された街とは別の方向に向かってビルを薙ぎ倒していく。それなりに大きいオフィスビル群がおもちゃのようにバラバラになり、オールマイトが貫通した真ん中付近でビルが折れて傾いていく。土煙とガラス片や書類が宙に舞い、さらに悲鳴が響いた。
氷の壁はほとんど残っていないが、なんとか飛ばされずに灯水たちは済んだ。


「オールマイト!!」


爆豪は吹き飛ばされたオールマイトに向かって叫ぶが、オール・フォー・ワンは「心配しなくてもあの程度じゃ死なないよ」という気休めのようなことを言う。オールマイトがあれほどまでに一方的に飛ばされること自体が異常だった。


「だから、ここは逃げろ弔、その子たちを連れて」


男は指から黒い糸のような幾何学模様を出すと、黒霧に突き立てた。まだ気絶しているようだ。


「ちょっと!あなた!彼やられて気絶してんのよ!?よくわかんないけどワープが使えるならあなたが逃がしてちょうだいよ!」

「僕のはまだ出来立てでねマグネ」


案外義理堅いらしいマグネの言葉にオール・フォー・ワンはそう返す。出来たてと言っているが、今、どう考えても個性を複数使用していた。それが個性なのだろうか。


「先生は…」

「逃がさん!」

「考えろ弔、君はまだまだ成長できるんだ」


死柄木のか細い言葉は、オールマイトが戻ってきてオール・フォー・ワンに拳をぶつけた衝撃はによる爆風でかき消されそうなものだった。それでもオール・フォー・ワンはまるで父が子に諭すように言う。


「行こう死柄木!あのパイプ仮面がオールマイトを食い止めてくれている間に!」


それに追随して、コンプレスが荼毘を小さく球体に閉じ込めるとニヤリとこちらを見てくる。


「…コマ持ってよ」


当然、向こうは灯水たちを逃がすつもりなどないようだ。


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