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灯水が爆豪の目を見て言った言葉に、爆豪は目を見張ったあと、脱力して手を下ろした。
「……アホ、」
そう小さく言った言葉はどこまでも優しくて、爆豪は、灯水の手を掴むと軽く引っ張った。その力は弱く、灯水は促されるまま自分から歩み寄った。
そして爆豪は、ベッドの淵に腰掛けて灯水を正面から抱きしめた。ベッドに座る爆豪に立ったまま抱きしめられているため、爆豪の頭が灯水の腹筋あたりにある。髪の毛がチクチクと刺さるのが分かった。
そうして爆豪は、小さくぽつりぽつりと話し始めた。
それは、爆豪と緑谷の、過去の話だった。
この近くの団地に住んでいた緑谷は、爆豪とは幼馴染みで、小さい頃から一緒に遊んでいた。爆豪はいわゆるガキ大将というやつで、いつも人に囲まれる人気者。緑谷は引っ込み思案で、爆豪たちの一番後ろについてきていた。
やがて個性が発現し始めると、緑谷は無個性だと分かり、爆豪にとっては些末な路傍の石でしかなくなった。それでも幼馴染みとして当たり前のように一緒にいたからか、個性がないと分かっても爆豪は緑谷が一緒にいるのを許していた。
「性格悪いね……」
「うるせェ」
しみじみと言ってしまうと、爆豪はドス、と太ももあたりを殴ってくる。わりと痛かった。
そして爆豪は話を続ける。
爆豪と緑谷は、ともにオールマイトに憧れていた。子供はみんなヒーローが、それもオールマイトが好きであたり前だったが、そうした「好き」とは二人のそれは違っていて、緑谷がクソナードと爆豪に言われる通り、二人はオールマイトを特別に憧れの存在だと思っていた。
個性や体格、センスに恵まれた爆豪は、中学に上がって雄英進学への有力候補として学校でも持て囃され、無個性の緑谷はいじめの対象となっていた。爆豪が特にひどく当たってはいたものの、それは気まぐれでしかなく、緑谷を常にいじめていた、というか冷たくしていたのはクラス全員だったという。
爆豪にとっては全員が等しく「モブ」であり、取り囲んでくる友人は「友人に囲まれた人気者」という評価を得るための道具でしかなく、友人だと思ったことはなかった。
「どっかで聞いた話だね」
「てめぇは何目線で聞いてんだ」
思い当たる節が自分の過去にもあったため思わずそう言うと、爆豪は呆れていた。少しずつ、爆豪の調子が戻りつつあった。
しかし爆豪が緑谷を特に嫌っていたのは、緑谷が、無個性のくせに優れていた爆豪をことあるごとに「心配し」「助けようと」してきたからだった。小さい頃からそれは変わらず、爆豪にとっては常にプライドを逆なでする存在だったそうだ。それは少し緑谷にも非があるというか、相手に寄り添わなければ優しさの押し売りは迷惑にもなるため、どっちもどっちだった。傷つける理由にはならないが。
「あいつがなぜか遅れて個性を発現して、雄英に合格したとき、俺ァ不愉快過ぎて吐きそうにすらなった」
「…それもオールマイトによく似た個性、ってわけか」
焦凍が気にしていたことでもあったため、灯水も緑谷が遅れてオールマイトのような増強系の個性を発現したこと、そしてオールマイトに気にかけられていたことが不思議だった。そんなこともあるのかと。
爆豪にとってもそれは同じだったらしい。
「…あいつは、いつの間にかオールマイトに認められてた。個性の使い方もなってねェくせに、一丁前にオールマイトすら助けようと…今日、オールマイトが実はもう限界だったって分かったとき、デクとの関係は単なる偶然じゃねェと思った。オールマイトが『次は君だ』っつったとき、デクだけが違う受け取り方してた」
「それは俺も思った。普通は、次の敵はお前だ、って意味にとれるけど…緑谷君の様子が変だった」
「お前も言うなら間違いねぇな。オールマイトは、あれじゃ平和の象徴なんざ務まらねェ。だとすれば、あの言葉は…」
「…緑谷君に、後継を託した、って解釈?」
「俺はそう睨んでる」
「全部状況証拠だから確かなことなんてないけど…でも、確かなことがないからこそ、一番筋の通った推測ではあると思う」
爆豪の推測は灯水にも納得できた。さらに爆豪は、推測を決定づけることを教えてくれた。
「…デクは、個性を『もらいもの』っつった。遺伝って意味なら確かにそうだが、あいつの父親は炎系、母親は重力干渉系だ。増強系じゃねェ」
「もらいもの……」
個性を複数持っていたオール・フォー・ワン、さらに個性を付与することで脳無を作り出していた疑いがあると警察は言っていた。その個性の存在を考えれば、個性が譲渡されてもおかしくない。
そうなると、爆豪の推測は、かなり確度が高くなる。緑谷が簡単に「もらいもの」などという言葉を口にするとは思えないし、そんな表現は普通しない。言葉通りである可能性の方が高い。だとすれば、オールマイトとの間にかなりの関係性を察することは容易だった。
「…もし、あいつが、オールマイトに認められて、個性を譲り受けたんだとしたら…?」
爆豪のその言葉は、あまりに弱々しく、灯水は息をのんだ。爆豪の感情の、核心だ。
「……なんで、俺は…俺もあいつも、同じ憧れだったはずなのに…なんで、あいつは認められて、俺は、あの人を……」