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なんで俺は、あの人を。
その言葉の先を予想することなど誰にでもできる。そして、灯水はそれは違うと叫びたくなるのを我慢して、まず、爆豪を抱きしめた。その癖のある頭を優しく抱えて、背中を撫でる。
あの爆豪が、それに応じて、灯水の背中に腕を回した。

灯水がどんなにそれは違うと言っても、爆豪の気が晴れることはない。オールマイトが弱ってしまった原因は分かっていないのだ、たとえ神野区の事件がきっかけとなったとしても、そもそも二人が誘拐されずとも警察は場所を突き止めていたこともあるし、二人がいてもいなくてもオールマイトはこうなっていた。
それくらい、爆豪にだって分かっているのだ。だから、どうにもできない感情を持て余している。灯水は、それを慰めるようなことができる立場にはなかった。それこそ、オールマイトにしかできないだろう。

だから灯水は、寄り添った。もとより、灯水が爆豪の抱えていることを直接的に解決できるとは思っていなかったし、そうあるべきだとも思っていなかった。ただ、どんなときでもそばで寄り添って、支えることができれば良かったのだ。


「……じゃあ、俺も共犯だね」

「……そうかよ」

「うん。俺も焦凍もオールマイトに憧れてたのに、オールマイトに気にかけられてた緑谷君に助けられたのは焦凍だけで、俺のことは誰も助けてくれなかった。爆豪君以外、ね」


普段触る機会などない爆豪の髪の毛を撫でながら、黙り込んだ爆豪に、灯水から口を開く。


「…俺さ、知っての通り、本当は人間としてまだまだ未熟で、同い年のみんなよりも、人間として必要な経験をして来なかったようなヤツだから、爆豪君のことを助けるなんてこと、言えないし、きっとできない。でも、一緒に面倒なものを背負って、一緒に敵と戦って、険しい山道でも一緒に歩きたいって思うんだ」

「……」

「ほら、前一緒に登山したときは爆豪君に任せきりだったじゃん?ああいうんじゃなくて、隣を歩きたいんだ」


それは灯水の素直な気持ちだった。できることとできないことがあって、できることが多い爆豪に対して助けるなんてことは言えないけれど、一緒に分かち合うことがくらいはできると思うし、そういう関係でありたいと思った。

そう告げると、爆豪は、突然灯水を強く引っ張ってベッドに引き倒した。


「うわっ、」


ギシ、と音が鳴り、ベッドに仰向けになった灯水の上に爆豪が覆い被さる。そして、至近距離で見下ろしたまま、その端正な顔をゆっくりと下ろしてきた。
外からの街灯の明かりしか差し込まない薄暗い部屋で、闇に溶けそうなその輪郭が近づき、ゆっくりと、唇に同じくらいの体温のそれが触れた。
少しして顔が離れると、また至近距離で紅の瞳と目が合う。


「……こう思われててもか」


そう言った静かで低い爆豪の声は、縋るような響きと突き放すような響きが両方あった。この期に及んで爆豪は試したいらしい。何をされたのか、そして何を言っているのか理解した灯水は、思わず声を張っていた。


「〜〜〜ッ、先に言うことがあるじゃんか!!好きだ!!!」

「…はァ!?てめェ先に言ってンじゃねェ俺のが好きだわクソが!!」


キスより先に言うべきことを言えと言いつつ、先に灯水が思いあまって言ってしまった。途端に爆豪も怒鳴るように好きだと言ってきた。
沈黙が部屋に落ち、外からバイクが過ぎ去る音が響く。

爆豪が同じ気持ちを返してきてくれたことが遅ればせながら理解されて、灯水は、今まで隠そうとしてきた気持ちが、自身の内側に押さえ込んでいた感情が、一気にわき上がってくるのを感じた。それは目からボロボロとこぼれ落ちていき、それを見た爆豪がたじろぐ。


「…ふ、ぅ、すき、すきだよ、勝己、好き…好き、だ…!」


思わず灯水は爆豪の背中に腕を回して、抱きつくように涙を流してしまった。顔を見られたくなくて、その逞しい肩に目元を埋めると、冷たさでようやく正気を取り戻したらしい爆豪が、長く息を吐き出した。ため息ではなく、止めていた息を吐き出すそれだった。


「……俺も、好きだ。灯水」


低く、そしてどこまでも優しい声が改めて告げてくれた感情に、堰を切ったように涙がこぼれる。必死に頷くと、爆豪は灯水の頭を撫でて、体を浮かせて抱きついていた灯水をベッドに戻して、灯水の右側に自分も横になった。そして、灯水を胸元に抱き寄せる。腕枕のようになって、爆豪の太い二の腕の上に頭が乗っていた。


「……誰かの隣を歩きてェ、なんて思ったのは、お前が初めてだった」

「…、うん…」

「前でも後ろでもねぇ。隣にいろ、灯水」

「俺も、一緒にいたい…隣にいるよ、ずっと」


ずっと小さい頃から、なんで生まれてきたのだろうと、ふと思ってしまうことがあって、いつもそれを考えてしまうと自分が壊れてしまう気がして、考えるのを避けていた。
今なら、はっきりと言える。
この泣きたくなるほど暖かく優しい感情を知るために、そしてそれを誰かと分かち合うために生まれてきたのだ。そう思った瞬間、灯水は、自分が自分としてこの世に生まれてきてこれたことを、初めて、世界に感謝できた。


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