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くしゅん、というものは灯水が発したものではない。爆豪はリュックに手を突っ込んだまましばらく固まると、体を起こして何事もなかったかのように畳に腰かけた。
「…っくし、」
「……かわいいくしゃみすんね」
「うるせぇクソメッシュ野郎」
キレて爆破されては困ると、灯水も歯磨きセットとタオルを持って外に出た。
途端に山に響く虫の音や風に揺れる木々のざわめきが鼓膜を揺らして、爽やかな夜の風が吹きつけた。
「…寒いな」
5月上旬という季節柄だからか、夜は冷える。それに、今晩は寒気が流れ込んでくるとニュースで言っていたような記憶もある。山ということもあって、日が沈んだばかりでこれなら、もっと寒くなるだろう。
灯水は歯を磨いて足を簡単に洗い、タオルで拭いて靴をつっかけて戻る。濡らすと更に寒さが気になるようだった。
室内に戻ってみると、爆豪が石油ストーブを前に立っていた。しばらく見つめたあと、何もせずに戻る。
「灯油ダメそう?」
「埃被ってるしな、ありゃダメだ」
恐らく、林業の仕事というのはあまり夜は活動しないのだろうし、冬場でもストーブの使用は火災を避けるため最小限のはずだ。寒い季節を過ぎて数か月が経つ今、ストーブを使用するのは危険だった。
灯水が腰かけると、爆豪は戻りがてらつっかけていた靴を脱いで畳に上がった。そして壁にもたれて胡坐をかき、ブランケットを羽織る。平然と自分だけ暖を取るのは、爆豪であればまったく自然に思えた。
それに灯水は体温の調節ができる。もうすでに個性によって寒さは感じていなかった。
また沈黙が下りるが、今度は早々に爆豪のくしゃみで破られた。ふるりと震えてブランケットをかけなおす仕草を見て、灯水は爆豪の意外な一面を知る。
「寒いの苦手?」
「苦手じゃねぇわクソが」
「そっかぁ…ま、個性も冬場は使いにくそうだもんね」
「苦手じゃねぇっつってんだろ」
否定する爆豪に信憑性などない。ニトロに準じる物質を手の表面から出して爆破する爆豪の個性は、冬に弱そうだ。寒さにも強くはないのだろう。
灯水は、こうやってここに連れてきてくれている事実に対して何か返すべきではあるだろうと思い至り、個性を使ってやることにした。嫌がられたらそれまでだが。
灯水は靴を脱いで畳に上がると、爆豪の隣に移動する。そして、体の右側を爆豪の左半身にぴたりとくっつけた。
「なにして、」
そこまで言って、爆豪は伝わってくる個性による温もりに気づいたのか押し黙る。ふざけんな、と言いたそうにしているが、温かいのも事実だからか、爆豪が揺れているのが分かった。
「…っ、クソ、きもちわりー」
「じゃあ離れようか?」
「そうは言ってねぇだろ」
「うわ、めんどくさ」
「おめぇに言われくねぇわ!つか半分だけあったけーのも気分わりぃんだよ半端なことしてんじゃねぇええ!!」
ついに爆豪は怒鳴ると、突然ぐいっと灯水の体を引っ張った。怒らせたかと一瞬ひやりとしたが、その瞬間、爆豪が立てた膝の間に灯水は抱き込まれていて、気づけば目の前に爆豪の鎖骨があった。
今、灯水は爆豪に横から抱き込まれているのだ。左側に感じる爆豪の筋肉質な胸板に、灯水は何事かと目を白黒させた。
「え、なにこれ」
「うるせぇ」
「理不尽…」
見上げて爆豪の表情でも拝んでやろうかと思ったが、察した爆豪によって、灯水は頭を爆豪の首筋に押し付けられていた。
更に密着してしまい、爆豪の甘く清潔な匂いに包まれて、いよいよ何が起きているのかと灯水の混乱もひとしおだった。