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灯水と爆豪は、つい昨日、やっと10分以上の連続した会話を初めてしたばかりの希薄な関係のクラスメイトでしかないはずだ。
なぜかひょんなことから一緒に登山をすることになったが、それでも互いに罵詈雑言交じりの会話しかしていないような気がする。
爆豪に至っては灯水との会話をいちいちぶった切って沈黙にしてしまうし、つい数瞬前だって気持ち悪いとのたまったはず。
その直後にこの距離感だ。爆豪が何を考えているのか理解できない。
「…何考えてんの爆豪君」
「っせーな、知らんわ」
どうやら爆豪もよく分かっていなさそうな声音だった。勢いだろうか。
「…爆豪君だって自分のこと分かってないじゃん」
そこで、先ほどの意趣返しではないが、爆豪だって同じことだろうと言ってみた。もちろん、ことの程度が異なるので灯水は同じと思っていない。
しかし、爆豪からは意外な返答があった。
「…あたりめーだろ。俺もお前も、他のヤツだって。自分のことを一番知らねぇのは案外自分だったりするもんだ」
「え……」
まさか肯定が返ってくるとは思わず、呆けた声を出してしまった。それを爆豪はからかうでもなく、言葉を続ける。
「なんのために生きるだとか、何を目的に努力するだとか。そんなことがはっきりしてる人間の方が少ねぇだろ。普通のモブどもは、言われるがまま義務教育やって、とりあえず高校に行って、とりあえず大学に行って、とりあえず就活をする。そうやって、いつの間にか人生が過ぎてくんだろ」
「…そりゃ、そうだけど」
「誰かのためだっつー崇高な目的がなきゃ生きちゃいけねぇのか。人生の目標や到達点がないまま生活してちゃダメなのか。もしそうなら、1億総『人間失格』だな」
爆豪は高額納税者になるためにヒーローになるだなんて言っていた。焦凍は炎司を否定するためと言っていた。そして灯水は焦凍を守るために生きて来た。
しかし、確かに道行く人々全員が、そのようなはっきりとした目標があって生きているのかといえば、恐らくそうではないだろう。生きるために必要な小目標と、人生を方針付ける「生の目的」はまったく異なるものだ。
「だから馬鹿だっつったんだ」
自分のことが分からない、なんて言った先ほどの灯水にかけた爆豪の言葉だ。確かに、当たり前のことに何を言っているんだという感じかもしれない。
「…でも、そんなんでヒーローなんて……」
しかし、そんな生半可なままでヒーローを目指すために雄英にいていいのだろうか。そう思っていると、爆豪はため息をついた。
「もしお前がヒーローにならなかったとして、いつか目の前で災害が起きて、救けを求める人間がいても、お前はその権利がねぇ。その個性をもっときながら、指くわえて見てるしかできねぇ。でも免許持ってりゃ、バイスタンダーとして救けることができる。お前は、目の前に救けられる人間がいて、自分にその力があるのに、それが許されねぇ状況に耐えられんのか」
「……っ、」
「そんな状況でも大丈夫なら、お前は半分野郎のために人生捧げるような真似できてねぇだろうがアホ。お前みてぇなヤツ、どうせそんな状況になったら救けられねぇことを気に病むに決まってんだよ」
わかったか馬鹿め。
そう言った爆豪の低い声は耳元に近いところから降って来た。言葉のわりに優しく聞こえるそれは、灯水には悔しいほど納得できるものだった。
爆豪が言う通り、きっと灯水は、救けられるのに救けられないという状況になれば、忸怩たる思いに駆られるだろう。
後悔先に立たずなんて言うけれど、これは確信できる先の後悔だった。
そんな状況を回避するためだけでも、灯水はヒーローを目指す価値があると思えたのだ。