爆豪の予感
スマホのアラームの音がして、爆豪はうっすらと目を開いた。
ぼう、としながら周りを認識すると、腕に軽い重量を感じる。何かと思って見てみれば、白髪に赤いひと房の髪が見えて、端正な顔が爆豪の胸元にすり寄るようにして寝息を立てていた。
一瞬何事か分からず動きが完全に制止したが、昨晩、寒さやらなんやらで勢いのあまり灯水を抱き締め、あまつさえそのまま寝てしまったのを思い出す。
その結果、灯水に腕枕をするようにした状態になっていたようだ。幸い、クッションが大きく、爆豪の腕は灯水の首元を支えていた。重い頭はクッションが支えている。
時刻は朝の4時半、すでに空は白みだしている。
すぐに登り始めるのは体に良くないので、しばらく体を覚醒させるために動いたあと、頃合いを見て再び上り始める予定だ。
「おい、起きろカス」
「…んん……ん…?」
灯水はゆっくりと目蓋を開くと、目の前の爆豪の体に目をぱちぱちとさせ、そしてカッと見開いた。
「っ!?!?」
「おーおー、見事なアホ面だな」
「っ、っ、おはよう!?」
混乱している灯水は、なぜか元気よくそう挨拶してきた。それにこっそりツボった爆豪は、灯水の首の下から強引に腕を引き抜くと外の蛇口に向かった。その道中で「くく、」と小さく灯水の痴態に笑ってやった。
遅れて灯水も色々と思い出したのか、少し気まずそうにしている。
昨晩、爆豪は流れで灯水を抱き締めてしまった。暖を求める本能が、灯水にからかわれたことへの怒りと合わさって、なぜか灯水を抱き込むという結果に落ち着いてしまった。
すっぽりと爆豪の腕の中に納まってしまった灯水は個性もあって温かく、口では色々言いつつ存外悪く思っていなかったのは絶対に心から出さない秘密だ。
もともとそのとき、爆豪は少し気分が良かった。理由は鮮明ではないのだが、昨日は灯水の色々な表情を見るたびに、なぜかすっきりとした。体育祭でも同じことを感じていた気がする。
その後、灯水が爆豪には気を遣わずに喋れると言っていたのも、理由こそ爆豪の性格が悪いだなんて聞き捨てならないものではあったが、A組の他のヤツらには見せない表情であることが確かなものとなって気分が良かった。
だから、爆豪にしては珍しく、きちんと言葉をつくってやったのだ。結局人間、大半は何気なく生きているのだから、今更生きる理由が分からないだなんてことを深刻に受けとめる必要などない。
それでも、そんな状態でヒーローを目指すことを躊躇っているようだったため、あれだけの力を持っていながら人を救けられないことの方が灯水にとってマイナスなのだから、それだけが理由でもいいだろうと言ってやったわけである。
焦凍のために人生を捧げ、どうやら人付き合いすらまともなやり方を知ることもできぬまま高校生になって、それでもなお焦凍への優しさを見せていた。昨晩だって、寒がる爆豪のために個性を使っていた。
そんな優しさを持つ人間にとって、力はあるのに使えない状況がどれだけメンタルに悪影響であるかは想像に難くない。
本格的に歩き出す準備運動をしながら、どんどん明るくなる空の下で爆豪は隣でそれに倣う灯水を見やる。こんなことで悩むヤツもいるもんなんだな、なんて爆豪は軽く思った。
やがて準備を終えて歩き出した。最初こそ気まずそうにしていた灯水も、やがて気にしないことにしたのか、昨日のふてぶてしい感じに戻っていた。
山道を登ること30分、山頂に近い開けた場所が見えてくる。
「…あれがゴールだ」
「そうなんだ」
これ以上高いところは岩の塊なので、歩いて普通に来れるのはここまでだ。それに、眺めもここが一番良い。
ちょうど日の出だ。
その開けた場所に出て、市街地の方へ視線を向けると、隣で息を飲む音がした。
眼下に広がる住宅街と広大な街。その先には太平洋だ。
そしてその水平線は、すでに上り始めた太陽が鮮烈な光を覗かせていた。
やがてすぐに、太陽が顔を出す。途端に目を焼くような光が差し込んだ。体中の細胞が、日光を浴びて湧き立つようだった。朝の静謐な空気を切り裂くような一日の始まり。
ふと、灯水がどんな顔をしているのか気になった。
爆豪は隣を盗み見て、そしてつい、驚いて凝視してしまった。
「…っ、」
灯水は、その両目からつ、と涙を一筋流していた。別に初日の出もなければ、富士山のご来光でもない。それほど特別なものでもないはずなのに、きっと灯水の中では、ひどく特別なものなのだ。
ある意味でこの日の出は、灯水の新しい人生の初日の出と言ってもいいのかもしれない。焦凍のためという絶対的な判断基準がなくなりつつあるために、喪失感に苛まれる灯水。自分の存在意義すら見失うような絶望は、しかし、そんな大層なことではないと昨晩爆豪が話した。
―――こんなにも綺麗に人は泣けるのか。
柄にもなく、爆豪はそんな感想を抱いてしまった。
朝陽を受けて光るその涙の筋は、キラキラと光っていた。
灯水は爆豪の視線に気づいたのか、慌ててそれを拭って気恥ずかしそうにする。だがすぐに、こちらに気の抜けた笑顔を向けた。
「……ありがとう、爆豪君」
色々な意味が込められているのであろうその言葉を告げた灯水の笑顔は、作り物でもなんでもなく、ただ、轟灯水という強く優しくも脆い人間のものだった。
そして、その笑顔に、大きく胸が跳ねるのを感じた爆豪は、やはり柄にもなく、こういう表情を自分だけにすればいいのにと思ってしまった。それが、体育祭から感じていたすっきりとした気持ちの正体でもあるのだと直感で理解する。
何よりも聡明な爆豪は、この大きく動いた感情の帰結がどんなものであるか薄々察してしまって、この日の出とともに始まったのは灯水の新しい生き方だけではないのだと、分かってしまったのだった。