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鋭児郎は、夕日が沈みつつある街を全力で駆けていた。

芦戸の家に収集車がやってくるのは、たいてい15時。処理場との位置関係から考えると、もう今頃ちょうと処理場に到着している頃だ。
これが可燃ごみなら絶望的だったが、不燃ごみの場合、仕分ける作業があるため、他のゴミととともに粉砕されるまで時間に猶予がある。しかも、いまだに仕分けは人力だ。不燃ごみの方が間違って捨ててしまった場合になんとかなる可能性があるのである。
とはいっても、それも可燃ごみに比べればの話、いずれにしても探させてもらえるかどうかから怪しい。

それでも諦めるつもりはなかった。

自責の念はもちろんある。ゴミを適当にまとめて、戦乱の中で汚れてしまったシオンのリュックの近くに散らしてそれっぽくしてしまったのは鋭児郎だ。綺麗にまとめておけば、忙しい母がつい捨ててしまうこともなかったのだ。

だが、それがなくとも鋭児郎はこうして走っていただろう。


理由は簡単だ。シオンが、泣きそうな顔をしていた。それだけだ。


あの夏の日が蘇る。同じ中学の女子が敵らしき人物に脅され、命の危機に瀕していたのに、ぴくりとも動けなかった。日頃、正義漢ぶってあちこちに首を突っ込みヒーローを志していたのにも関わらずだ。
結局芦戸が機転を利かせて女子を助けていた。

そんな自分が雄英を目指すなど、と、暗い自室で志望理由書を黒く塗りつぶし、閉そく感に打ちひしがれた。しかしそんなときも、偶然モノに当たって起動してしまった紅頼雄斗のインタビュー動画ホログラムが鼓舞してくれたのだ。

猪突猛進と言われた紅頼雄斗も、怖いものは怖い。だが何より怖いのは救えないことだ。相棒時代に怖くて救えなかった人の遺族の顔だ。だから、彼は人を守ると決めたその道で後悔しないように生きたいと語った。
後悔しないように行動することが、彼にとっての漢気なのだと語ったのだ。

そうして鋭児郎は、後悔せず人を守れるヒーローになりたいと決意し雄英を目指している。


リュックが捨てられたと気付いたときのシオンの顔は、絶望感と、それを悟られないようにしようという健気な決意に満ちていた。
それでも鋭児郎に対して、ぽつりと漏らすように語ったのは、あのリュックに入っているパスポートが苛酷な生活の中での支えだったということだった。

先日、シオンは家族について少し話してくれた。母親は、シオンを守るために命を賭してパスポートをつくり、そしてそれによって逮捕されたのだという。
その後シオンがどんな生活を送ったのかは、正確には知らない。ただ、NGOはシオンから話を聞き、それを事前に両親にはすべて伝え、適切な言動を取れるようアドバイスした。その内容を、鋭児郎もぼかして両親から聞いていた。
強制移住と強制労働、そして人身売買の末の「暴力」、少年兵として前線で戦い続けた2年間。命がけで陸路で国土の半分を移動して隣国へ逃れたこと。
詳細な内容は分からずとも、何となく想像はついたし、「暴力」の内容もうすうす感づいていた。

だからこそ、鋭児郎はこれ以上シオンに傷ついて欲しくなかった。もう、シオンは人の身にはありあまることを経験してきたのだ。


探させてもらえる可能性なんて、ましてや見つかる可能性なんてごく数%に過ぎない。それでも、鋭児郎は後悔したくなかった。
できれば、あの天使のようにきれいな顔をした少年に、笑っていて欲しいのだ。


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