言葉はいらない
日本は本当に季節がはっきりしているな、とシオンは冬になってしんしんと冷える空気に思った。
母国は砂漠とステップの気候だったため、一日の中に夏と冬があるようだ。日本は冬になると一日中ずっと寒い。
そして寒くなるごとに、受験が近づいて鋭児郎の勉強量も増えていった。これまではよく喋る時間も多かったのだが、最近は会話も少なく、鋭児郎はいつも勉強は筋トレをしている。
シオンはインターナショナルスクールに入ることが決定しているので、無数に存在する漢字を覚える作業や、ここ数年勉強というものを取り上げられていた分を取り返すように数学などの勉強に取り組んだ。
だからそう強く寂しさを感じるというわけではなかったのだが、それでも近くにいながら会話できないというのはシオンにとってはなんだかもどかしいような気がしていた。
この国に来て、少し欲しがりになっているのかもしれない。
やがて年は明け、一年が終わった。
元日には凍るような寒さの中で正月シーズンとやらが始まり、伝統的な日本文化に属する様々なものが町中に並んでいた。
そうやって外に出ているのは他ならない、鋭児郎に誘われたからだ。
「初詣行くぞ!」と言って、久しぶりにペンを持たずにシオンを連れて鋭児郎は外に出た。コートを着込んで街に出ると、どことなく静謐で神聖な感じがした。
「初詣って具体的に何するの」
2人で静かな街を歩いていると、鋭児郎は鼻を赤くしながら答えた。
「寺とか神社行って、神とかなんかに一年のこと祈願すんの」
「?でもこの前クリスマスやってた」
「あー、それはあれだ、ただのイベントだ」
「ふーん、休みないのにイベントはいっぱいあるんだ」
「休みないからイベント作るんじゃね?」
「可哀想…」
そうでもしないと休めない日本人に同情する。と言ってもシオンも晴れて日本人になったわけだが。
しかし、ハロウィンやらクリスマスをやった直後に伝統的な正月を過ごし初詣をするらしい。
「初詣したら、節分してバレンタインしてお雛様やってイースターだな」
「節操無し…」
「ちなみにダイエットするときにラマダーンするって表現することもあるぜ」
「変なの」
日本に来て一番使っている言葉かもしれない。
鋭児郎は改めて自国の不思議なところを見つけられて楽しいらしく、豪快に笑っている。そういえば、笑顔も最近見ていなかった。
少し歩いて近くの神社にやって来た。多くの人で賑わっている。普段はまったく人がいないのに、突然ここまで人でごった返すとは。
鳥居をくぐると、すぐに列に並んだ。参道をまっすぐ伸びる列は詣でる人々の順番待ちらしい。これだけ見ればとても敬虔な人々だ。
「ほんとは二礼二拍手一礼なんだけど、まぁ皆二拍手だけだな」
「めっちゃガラガラ鳴らしてる」
「あれで神様呼んでんの」
「毎回呼び出すの?」
「そこまで細かいことは考えないんだぜ」
「ふーん」
まじめなんだか適当なんだか。
シオンはそんなたわいないことを鋭児郎と話しながら、やっと賽銭箱の前までたどり着いた。意外と迫力がある建物の前に立ち、賽銭を投げ入れる。そして鋭児郎の真似をして二度拍手をして目を閉じた。
(鋭児郎が受験受かりますように、あと鋭児郎が健康でいてくれますように)
あまり長く祈っている者もいなかったのでそれくらいで切り上げると、同じタイミングで鋭児郎も終えた。
一応礼だけして、2人は列を外れて参道の外に出る。巫女服姿の女性たちが屋台のようなところで何かを売っている。
「何祈った?」
「鋭児郎のこと」
あまり細かいことを言うと叶わないらしいので、シオンはそれくらいにとどめておく。すると、鋭児郎は驚いたような顔をした。
「自分のことは?」
「祈ってない」
「……そっか」
鋭児郎は、面白くて笑っているときとはまったく違う、柔らかい微笑みでそれを聞いて頷くと、シオンの頭をぽんと撫でた。
先ほどまで大丈夫だった耳元も赤くなっているのが見えて、体が冷えてるんじゃないか、とシオンは少し心配になったのだった。