歪な国のヒーロー




「What did you get up to on last weekend?」

「……Sorry, pardon what?」


インターナショナルスクールにて、新しくできた友人であるベトナム人の少年に聞かれたのだが、シオンは話を聞いておらず聞き返した。単に週末に何をしていたか、という若者英語の挨拶表現なのだが、日本語でとあることを考えていたからだろう、反応できなかった。
心配されたが、とりあえず課題に追われていたとだけ言っておいた。

シオンの思考を惑わすもの、それは、先日起きた雄英高校襲撃事件のことだった。



***



この国では、個性犯罪を犯した者は敵(ヴィラン)と呼ばれる。ヒーローは個性犯罪への立法が遅れていた超常黎明期に自然発生したボランティアのようなもので、警察の個性不使用原則が確定すると、ヒーローは職業化されることとなった。
それでも、まだヒーローはボランティア時代の側面を完全には失っておらず、人気ヒーローはまるで芸能人のように持て囃されていた。

公権力の一部を付与された公務員のような職業なのに、所属する省庁があるわけでもなく、しかしその養成機関である雄英高校は国立高校である。


その雄英高校に、ヒーロートップのオールマイトが赴任したということで、世間はそれで持ち切りだった。取材を試みては拒否される様しか流れていない。しかし、その直後、雄英高校は敵連合を名乗る犯罪者集団による攻撃を受けたのだ。
襲撃は救助訓練施設、通称USJで起き、ちょうどそこではA組が授業をしていた。

鋭児郎も多くの敵と戦ったらしい。まだ入学して数日だというのに、戦闘のイロハもほとんど教わっていない子供たちが実戦を強いられるのだ。しかも、国立の教育機関で。


歪だ、と思った。


この国は、何もかも歪だ。歴史も文化も言語も、社会構造や政治すらも。
なぜ公権力を持つヒーローが中央省庁に属していないのか、それを国民が許しているのか。なぜ警察や軍隊機構が個性を使わないのか。
治安維持は金がかかる。前超常時代ですら、警察には年間8兆円が投じられていたという。その財源は税金だ。もともと国家が税金を徴収するのは、市民が市民の間では自力でできないことを国家が代行するためだった。治安維持はその最たる例で、人々は納税によって社会の安定と治安を担保してもらっていたはずなのだ。

それが、今やこの国の治安維持の主要な部分を担っているのはボランティアに近いヒーローなるもので、その報酬は基本的に成果給だ。国庫からの支出はある程度あるとはいえ、希望して資格さえ取れば誰にでもできる仕事であるというのは、公務員的性格を持つにもかかわらずその数をコントロールしない、つまり予算編成に組み込まないことを意味している。

シオンの故郷は独裁国家だった。別に民主主義だけが正しい体制ではなく、共産主義や独裁主義、宗教主義、絶対王政など世界には様々な体制があり、それぞれうまくいっている事例など多くある。
しかし、やはり自らの属する国家の在り方を決める権利、つまり参政権を持つというのは非常に大きなことであると思うし、それをこの国の国民は数世紀にわたって保障されているはずなのだ。

それにも関わらず、21世紀初頭からずっと投票率は低いまま。
しまいには治安維持機構の不完全な形態に落ちついている現状に甘んじている。

そのわりに、ヒーローの失態を取り立てて、国立高校にトップヒーローが赴任すれば大々的に報道し、その学校が襲撃に遭うとやはり批判する。
思考停止、現状から変わる気のない国民だ。

参政権を求める運動がやがて過激化し内戦状態に陥ったシオンの故郷は、いまだ周辺国を巻き込んで泥沼の状況だ。多くの一般市民は、これまで歴史的に世界で起きてきた多くの戦争と同様に、ただただ、秩序を求めている。

参政権よりも、服装を強制されない社会よりも、自由な言論よりも、まず安心して暮らせる秩序が欲しいのだ。
本来は税金によって組織的にそれを提供するはずの国家は、日本においては市民の運動の延長に過ぎないヒーローに任せきりで、それを国民は甘んじて受け入れて思考しない、投票しない。

そんな体たらくを、今回の襲撃で改めて認識したシオンは、故郷を思い、なんだかやるせない気持ちになっている。


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