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「私の個性は、災害救助や対敵戦闘でとても役に立つの。きっとシオン君も、ヒーローになったらとても重宝されると思うわ」

「まぁ、プロヒーローに言っていただけるとその気になってしまいますね」


義母が笑うが、シオンは曖昧にしか返せなかった。やはり、鋭児郎たちが襲撃された事件と、それに纏わる不信感があったからだ。


「実は息子が雄英に通っていまして。先日襲撃を受けたんですが、生徒たちはほとんどがけろりとしていたそうです」

「私も仲間のヒーローから聞きました。大変でしたね」


送崎もプロヒーローだけあって、雄英襲撃の話は知っていた。生徒たちの頼もしさに着眼しているものの、そもそも学校が襲撃されておきながらこんな反応なのだろうか。


「…日本も、学校が襲われることなんてあるんですね」


ぽつりと漏らしたシオンの言葉に、大人2人が固まり、正面に座る洸汰が身じろぎした。


「僕は、日本はとても安全で、豊かで、安定した社会の幸福な国だと思ってました。でも来てみたら、治安維持も災害対処も公務員よりヒーローという民間人に任されて、人はそれで良しとして政府の怠惰な動きを放っておいて…せっかく、投票する権利を持っているのに、メディアに言われるがまま何が真に問題なのかも考えない」


ただ選挙に行く権利を、自由に意見を述べる権利を求めて起きた運動は、やがて国を崩壊させて数十万の命が失われた。豊かな国土も美しい文化も危機に瀕し、まともに子供を育てることもできない国になった。それがシオンの故郷だ。


「…だから嫌いなんだ。個性も、ヒーローも」


すると、洸汰がずっと黙っていたところに口を開いた。不機嫌そうな顔のままだが、口ぶりからして前々からヒーローや個性というものを嫌っているようだった。送崎は気まずそうな顔になるが、すぐに引き締めて「そうね、」と返す。


「確かにシオン君の言う通り、個性が出現してから政府の対応はいまだに遅れているし、現状は不健全なのかもしれない…でも、きっとこれはしょうがないことなんだと思うの」

「…しょうがない」

「そう。超常黎明期、突然現れた個性に人々は恐れを抱いたし、世界中が大混乱に陥った。社会不安の中で、人々にとってヒーローは、『正義と秩序』というものを体現する希望だった。それに縋るしかなかったのね」

「警察じゃダメだったんですか」

「日本の警察は個性の使用を禁じた。それは、かつて警察が国民を監視し、暴力を振るったことへの反省ね。日本の暴力装置は大戦への反省の上にあるの」

「今から100年以上前のことですよね?」

「そうよ。でも日本はね、あの戦争のことを忘れられないの。…忘れることを許されないのよ」


日本において300万人の犠牲を払った第二次世界大戦の影は、いつまでもこの先進国につき纏っているらしい。それが良いか悪いかは分からないが、それを国民が選んだのであればそれで良いと思う。
反省と自制、それが大戦以降の日本の暴力装置である警察と自衛隊に課された姿勢だった。それは個性が出現してからも同じで、個性の使用を許して権力が暴走することを防ぐという意味で、武としての使用を禁じたのだろう。

その姿勢を変えることはできず、かといって個性犯罪に個性を使わず対処するのは限界がある。平和憲法の理想と現実、それはずっとこの国に存在するジレンマだ。
そんな中で、このヒーロー社会という現実が生まれた。


「100年前の戦争を反省して、現実の犠牲や危険を看過するんですね」

「それを防ぐのが私たちの仕事よ」

「……なんで、そんなことしようと思ったんですか」


警察や自衛隊のように、税金による一定の収入や保障があるわけではない。それなのに、なぜこんな仕事をするのだろうか。
送崎は困ったように、しかし優しく笑う。


「救けたいと思うのに理由はいらないわ。そして、私にはその力があった。できることがあるならしたい、そう思っただけよ」


その言葉を聞いて、やはり思い浮かぶのは鋭児郎のことだった。本当に、鋭児郎はヒーローに向いていると思う。

シオンの個性は、送崎が言う通り確かにヒーローの活動の役に立つだろう。しかし、シオンはそんな無条件に、見ず知らずの人間を救けたいと思う心理は、今一つ理解できなかったのだった。


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