3
その夜、鋭児郎は疲労困憊、といった感じで帰宅した。義母は鋭児郎の好きな肉料理を中心に、胃に優しめで夕飯を整えた。
仕事に行っていた義父は職場で鋭児郎の活躍を大層褒められたと話し、義母と2人、ベスト8という成績を残した鋭児郎を称えた。もちろん鋭児郎は嬉しそうだったし、心からの笑みで礼を言っていた。しかし、その目にほんの少しだけ影があることに、シオンは気づいていた。個性を使わなくても、分かることは多くなった。
夕飯後、2人は自室に戻る。鋭児郎はベッドにどかりと腰かけ、シオンは定位置となったその足元の床に座る。
「…はぁ〜………」
「お疲れ様、ほんとすごかったよ」
「…おー、サンキューな。シオンのおかげで戦えた部分もめっちゃ多かった」
力なく笑う鋭児郎は、前までならそうした表情を隠そうとしただろう。まだ全面的に出しているわけでもないものの、やはりシオンが隠さなくていいと以前に言ったからか、鋭児郎は素でいてくれていた。
「…悔しい?」
「そりゃ、な。でもなんつか、ただ悔しいっつーんでもなくて、なんて言やぁいいんかな…」
「個性使う?」
「頼む」
もう躊躇うこともない。シオンは個性を使い、鋭児郎の心境を読み取った。流れ込んでくるのは、まず爆破の生徒に負けたことへの悔しさ。そして次に、その悔しさを感じている自分への負の感情だった。この気持ちの名前はよく分からないが、自分が嫌になる、とでもいえばいいのだろうか。そんな気分なようだ。
思ったよりも複雑な感情だったこともあり、シオンはベッドの鋭児郎の横に座り、手を重ねる。体を触れさせた状態で、今度は自分からの送信も始める。
『どうしてそんな自分のこと嫌になってるの』
『…悔しいって、後悔してる自分が嫌なんだ』
『後悔してる自分が嫌?』
口に出さず、内心で会話する。感情がダイレクトに伴うため、些細な機敏でも掴むことができる。
『漢気って俺よく言ってるだろ。俺、後悔しねぇ生き方ができることを漢気だと思ってんだ。でも、今日負けて、やっぱ爆豪とか轟とかとの差を感じて…もっとこうしておけば、ああしておけば、みてぇなことがいくつも浮かんでくんだ』
爆豪とは爆破の生徒、轟とは紅白頭の生徒だ。2人ともA組のツートップらしい。
そんな2人との差を感じ、自身の今までに後悔を感じ、それが漢気に反するのがさらに嫌なのだということだ。
『嫌になるようなことでもないと思うけどな、僕は。後悔しない生き方って言うけど、日本の諺にあるでしょ、後悔先に立たずって。未来に自分がどう思うかなんてわからないし、自分の判断が本当に正しかったかは、結果が出てからじゃないと分からないことだってある』
『…まぁ、そうだな』
『後悔のないように生きようとするのと、結果的に後悔するのとは、また別の話じゃないかな。ヒーローだって後悔するし、悲しいことも、つらいこともある、結果としてそうなってしまうのは、しょうがないことだと思うよ』
『あ……確かに、そうだ』
『だから、結果的に後悔したり悲しんだりするようなことがあったら、僕のとこ来て。一緒に共感しよう』
シオンの内心の言葉に、鋭児郎はようやく微笑んだ。そして、握っていた手を引っ張ってシオンを抱き締める。そのままベッドに倒れると、完全に抱き込まれる形になった。
「おう、そうする。シオンもなんかあったら俺に共感させろよ」
「…うん」
筋肉質な腕に抱かれ、鋭児郎の首筋に顔を埋めさせられる。風呂上りの石鹸の匂いがした。
「…そういや、言い忘れてたけどさ。なんか俺の頭ん中にシオンの声が聞こえたんだよ、試合中に。頑張れって」
「…え、本当?」
確かに、爆豪との試合中にシオンの内心の強い「頑張れ」という言葉を繰り返していた。
「俺らしょっちゅう個性でやり取りしてるだろ?だから、ひょっとして、もう最初から体が触れてなくても、なんならめっちゃ離れてても、強い感情なら伝わるんじゃねぇ?」
「…送崎さん、マンダレイも言ってた」
以前、送崎の家に行った時の話は鋭児郎にもしてある。関係の深い仲である方が個性の力が大きくなるという仮説だったが、もしかしたら本当かもしれない。
そうなら、心強いことだろうと思う。強い感情であればいつでも鋭児郎と心が繋がるのだ。
「…嬉しい、な」
「っ、俺もだ!」
ぽつりと言えば、鋭児郎は途端にぎゅうと強く抱きしめた。こうやって、物理的にゼロ距離でくっついているのはとてもとても落ち着くし、安心する。同じように、いつでも鋭児郎と心を繋げられるというのも、なんだかとても幸せなことのように思えるのだ。
こんなにも温かな感情は、初めてだった。