届く声
体育祭が終わってすぐ、雄英高校は職場体験期間というものに入った。プロヒーローの事務所で就労体験するものらしい。実践的な授業が多いのはさすが雄英といったところか。
再び一週間にわたって授業がなくなり、自宅と職場との間を往復することになる。
「ただいまー…」
「おかえり」
帰宅して自室に入って来た鋭児郎を出迎えると、荷物を置いてブレザーをハンガーにかけながら、鋭児郎はため息をつく。疲れているようだ。
「疲れた?」
「あぁ…なんつか、体力的にはそんな疲れてねぇけど…気疲れ?」
「学校とは違う環境だしね」
意外と繊細な鋭児郎は、環境が大きく違う職場体験という場で精神的に疲れているようだ。それも大事なことなので、シオンは苦笑しながら立ち上がり、勉強机に向かおうとする。
すると、鋭児郎はおもむろにシオンを抱き締めた。部屋着姿になった鋭児郎だが、少し外の匂いがする。
「あー…シオンだー…」
「…ほんとに疲れてんね」
ぎゅうぎゅうと抱き締められ、その背中を軽く叩いてやると、鋭児郎はまたため息をひとつ。
「ヤバイ、マジでシオン癒される」
「コストかからなくて安上がりだね」
「俺以外に無料サービスすんなよ」
「鋭児郎以外は金払ってもサービスしたくない」
「あああ、そういうとこほんと好きだ」
鋭児郎は軽く言うとさらに強く抱きしてめてくる。そろそろ苦しいが、不思議と鋭児郎にこうされるのはとても落ち着くので、シオンもまた鋭児郎の肩に顎を乗せてリラックスする。一石二鳥だな、なんて思った。
***
職場体験が始まって5日くらいだろうか、シオンは義母から買い物を頼まれた。インターナショナルスクールから帰ってくると同時に、義母が「腰やっちゃって…」と腰を摩りながら言ったものだから、二つ返事で了承したのだ。
どうやら掃除中に無理したらしい。
「僕が帰ったらそういう高いところやるんで、無理しないでください」
「そう?悪いわねぇ…」
義母は笑いながら、シオンのスマホに買うものリストをメッセージで送る。それを確認すれば、すぐに夕飯に見当がついた。
「生姜焼き」
「そう、正解!シオン君も和の心を身に付けたわね」
「漬物に野沢菜とかどうですか」
「…ほんとに分かってるじゃない」
義母は少し驚いたようにしてから、もう一度笑ってメッセージを送信する。野沢菜が足されていて、ご飯が進むな、なんて1人ごちる。鋭児郎いわく、「ご飯が進むって思ったら日本人扱いでいいと思う」ということだ。さすがの白米愛である。
シオンは財布にお金を預かると、着替えずに家を出た。インターナショナルスクールは制服などはないため、常に私服である。外行きの格好、といってもシャツにジーンズの簡単な服装だが、そのまま家を出ることができた。
家を出て、市道に入る。車線のない道を歩きながら、ふと後ろからバンが接近していることに気づいた。やたらゆっくりと進んでいるのは、大き目の車でこういう道を走ることに不慣れだからだろうか。
脇に避けて気にせずに歩くと、すぐ隣にバンが並走する。正面に電柱が現れたので立ち止まると、突然バンも止まった。
なんだ、と思った瞬間、スライド式の扉がいきなり開かれて、中から手が伸びて来た。
「なっ、!?」
驚いて咄嗟に飛びのこうとするも、すぐ後ろは塀になっていて距離がなく、あえなく手に掴まれる。抵抗しようとしたが、脳裏にはここが日本である、という事実が浮かび上がった。
自然とシオンは、相手を殺す手段を立てていたからだ。この国では、正当防衛といえどそれは基本許されない。結果的に死んでしまうことと、殺そうと思って殺すことはまったく違う。
その意識が邪魔をして、シオンの体を固めてしまった。結果、シオンはバンに無理やり引きずり込まれ、座席に転がされる。扉はすぐに締められ、バンは急発進した。
手早く中にいた男がシオンの手足をロープで縛る。