夏祭り
一時的なものとはいえ誘拐されてしまったことは、義母と義父には大きく動揺させる出来事になってしまったものの、早々に鋭児郎たちが救けてくれたこともあって、数日で2人もある程度落ち着いてくれた。詳しいことはシオンの希望で警察も黙ってくれていたので、あの車の中で具体的にどのような目に遭ったか2人は知らない。
鋭児郎だけは知っているのでしばらく気に病んでいるようでもあったが、自分の手で救け出せたこともあってか、こちらも何とか1週間で持ち直してくれた。
何より職場体験の忙しさもあっただろう。
そうして時間が過ぎて、6月になった。
***
「なぁシオン、夏祭り行かねぇ?」
「…夏祭り?」
梅雨も終わりを迎えつつある日、そろそろ夏の暑さが気になり出す頃だと義母がぼやいていた日の終わりのことだった。
自室で鋭児郎と勉強していると、おもむろに鋭児郎がそんなことを聞いてきた。夏祭り、という言葉が指すもののだいたいの意味は分かるが、具体的なものは分からない。
「祭り…festivalっつっても、そんな大層なモンじゃなくてさ。神社とかでやる地域の祭りなんだ。まぁ、日本じゃメジャーなイベントだな」
「また日本の変なカルチャー?」
「神道系のイベントだから結構伝統的なヤツなんかな。まぁ、楽しむタイプのヤツなのは確かだな!」
「行ってみたい。…てか、鋭児郎と一緒ならどこでも行きたいって思えるし」
「んー今日もシオンが可愛いぜ…」
素直に答えると鋭児郎に抱き締められる。それに応じて背中に手を回していると、鋭児郎は「よし!」と何かを決意する。
「久々に浴衣着るか!」
「浴衣ってあの、着物みたいなヤツ?」
「おう。最近じゃ地域の祭りに着てくことも少ねぇけど、わりとこの地域の若者は着てくんだ」
「ふーん…?」
よく分からないが、どうやら服装を変えていくこともあるらしい。楽しむタイプというわりに服装規定があるのだろうか、とシオンは首を傾げる。祭りとは本来的に宗教行事、畏まった側面がそれなりに強いのが母国の常識だった。
「まっ、百聞は一見に如かずってな!週末空けとけよ」
「ん、分かった」
なんであれ鋭児郎が楽しみにしているようなので、まったく異論はない。先ほど言ったように、隣に鋭児郎がいるならどんなところでも怖くないと思えるし、どんなところでも行ってみたいと思えるのだ。
鋭児郎が楽しそうにしているのが嬉しくて、その肩に頭を乗せる。ぽん、と撫でられて、早く週末になればいいと思った。
そして週末。
鋭児郎が義母にことを話したため、義母もテンションが上がったらしく、浴衣を一式そろえてくれた。鋭児郎も昔のものは小さくなっていたらしく、新しく買い直したらしい。
夕方、まだ太陽が高い位置にいる夏至の近い日に、家でシオンは浴衣を渡される。
「着方は鋭児郎が教えてくれるから。へたくそだったら私が直すからね」
「浴衣はそんな難しくねーだろ」
信用されていないことに鋭児郎が憤慨すると義母は笑って「はいはい」と返した。
2人は浴衣を持って自室に戻ると、さっそく着替えることにした。服を脱いで下着だけになると、その布に袖を通す。
「え、これだけ…?心もとなくない?」
「そういうモンだって」
「そっか…」
騎馬民族にはない服装は、まさに農耕民族の文化といえる。
シオンが着た浴衣は、藤色の生地に藍色の流動模様が描かれたものだった。帯はグレーで金糸の刺繍がされている。
「おお…金髪に紫の瞳の天使にはぴったりだな…」
「なに言ってんの」
鋭児郎はまじまじと浴衣を着たシオンを見つめた。そして何を言うかと思えばそんなことで、シオンはつい呆れた。出会った頃から変わらない。
鋭児郎は自分のものもさっさと着替えた。鋭児郎の浴衣は濃いグレー、帯が赤だ。よく見ると裾の方へ向かって黒にグラデーションしている。鋭児郎の鮮明な赤い髪色も相まって、とてもかっこよく映えていた。
「わ、鋭児郎かっこいい」
「マジか!シオンに言われんのが一番うれしいな」
ニカ、と笑う鋭児郎は文句なく男前だった。