2


浴衣の着付けそのものは問題なかったようで、義母からもOKサインが出た。
鋭児郎は「ファインプレー!」と義母に言っていたが、義母は「当たり前でしょ」とどや顔だ。なんのことか分からないが、義母の満面の笑みにまぁいいかと思った。

そうして2人は家を出て、祭りの会場である神社へ向かう。今年の元旦に初詣をしたところだ。


「花火大会もやる結構盛大なやつなんだ。近くの街からも人が来るから、人込みではぐれないようにな」

「ん、はぐれそうになったらエンパスするから大丈夫」

「マジで便利だよなぁ」


心の中で相手を思い浮かべるだけで無線のようにやり取りができるのだ。しかも、相手のいる位置が大まかに分かる。鋭児郎は分かりやすい髪形でもあるし、恐らくはぐれても問題はないだろう。


「本当にみんな浴衣着てるね」

「そうだろ?こう、規模がちいせぇと浴衣着てったらなんか恥ずかしいんだよな。1人だけガチ勢みてーでさ、悪目立ちすんだよ」

「…、でもなんか見られてる気がする」

「……あー、それはあれだ、シオンが可愛すぎてみんな見てんだよ」

「それ鋭児郎だけでしょ…」


そんなことを男であるシオン相手に言うのは鋭児郎くらいだろう。
鋭児郎はしばらくこちらを見たあと、「うん、まぁ、シオンにはそうあって欲しい」と何か独り言ちていた。

そうやって視線をもらいながら歩くうち、近所の神社にたどり着いた。その人込みは初詣のときより多い。


「うわ、すごい」

「だろ、マジではぐれんなよ」


参道の両側には屋台が並び、提灯のオレンジの明かりが暗くなりつつある境内を照らす。その合間を、人々が楽しそうに行き来していた。
どの人の表情も笑顔で、ここには明るい感情だけが満ちているようだった。


「今回はシオンの夏祭りデビューだかんな、母さんが小遣い多くくれたし、なんでも好きなモン言えよ」

「…うん、でも、なんか、読めるけど何か分かんないものばっか…はしまきってなに…」

「あ、そっか。じゃあ気になるモン全部見ようぜ!」


日本で生まれ育った人々なら分かるであろうものがやはり分からない。
日本語の難しさは、覚えるべき漢字の多さと読み方の煩雑さ、文法の難解さ、そして必須語彙数の多さだ。日常的に使われる単語や熟語の数が実は世界的に多い言語体系なのだ。
それはこんな縁日でも明らかだった。

しかし鋭児郎はまったく気にすることはなく、むしろ、分からないことこそ楽しさだと思っているようだった。いつだって鋭児郎は、シオンに明るいものを教えてくれる。

境内に入って歩いていると、すぐに屋台の並びに入る。端から見ていこうと、まず最初の屋台を見ると、大きなプランターのようなケースに水が張られ、金魚がたくさん泳いでいた。


「えっ、金魚がいる」

「金魚すくいだな。あの薄い紙で金魚を掬って持って帰んの」

「いや、無理でしょ…」

「まぁ、だいたい無理だな。それに、こういうとこの金魚ってすぐ死んじゃうんだ」

「そっか、飼うことになるのか…」


ちょっとかわいそうに思っているのが分かったのだろう、鋭児郎は代わりに隣を指さした。


「じゃあこっちにしようぜ、ヨーヨー釣り」

「ヨーヨー?」


見てみると、子供用のプールに水が張られて、色とりどりの風船が浮かんでいた。一つ一つに鮮やかな模様が描かれている。
そこに寄って、店主に100円を渡すと、ビニールひもに釣り針がくくられたものを渡された。


「それで風船引っ掛けんの」

「なるほど…」


言われた通りに、釣り針をヨーヨー風船のゴム糸の先についたわっかに通す。すると、難なく風船を持ち上げられた。
緑色に波線が色とりどりに描かれた模様だ。どうやら風船には空気と一緒に水も入っているらしい。ずっとプールに入っていたからか、ヨーヨーは冷えて触ると気持ちいい。


「その輪に中指通して、普通のヨーヨーみてぇにしてみ」

「ん、」


鋭児郎に指示された通りにヨーヨーを装着して跳ねさせる。ぼよん、と水の入った風船特有の弾力が感じられ、シオンはその新感覚に「!?」となる。
立て続けに手のひらに風船を打ち付ける。無言でぼよんぼよんとさせていると、鋭児郎がいつの間にかスマホで動画を撮影していた。


「え、鋭児郎、これ、これ!」

「うんうん、ほんと可愛いな〜」


33/40
prev next
back
表紙に戻る