君を想う、海に誓う
夏祭りから数日、鋭児郎は雄英の廊下のガラス張りの窓から晴渡る空を見て、思わずため息をついた。
普段から漢気だなんだと言う鋭児郎は、自分でもこういうのが柄ではないと思う。一方で、実際自身には臆病ですぐに自信を無くしてしまう脆さがあることも自覚しているので、ある意味で自然だとも思えた。
そんな暗い表情の自分の顔の横に、おもむろにピンク色がガラスに映り込む。
「うお、」
「なーに暗い顔してんのー?」
「芦戸…」
ピンク色ですべすべの肌をした同級生にして同じ中学出身の芦戸である。暗い顔をしているところを見られたのが、芦戸で良かったような、悪かったような。
自分の臆病さに端を発することを知られているので、これ以上、と思う反面、どうせなら、とも思うのだ。
「テストの点悪かった〜?あたしヤバかった!」
「いや、俺も良くはなかったけどそれじゃねぇ」
「あっ、じゃあ恋?」
芦戸としては、普段のコイバナがしたい、という女子らしい願望とかけたジョークだったはずだ。しかし、鋭児郎には図星だった。
「っ、」
「え、マジで?マジで恋なの!?」
「ちょ、声がでけぇ!!」
「ひゃ〜〜!!」
慌てて人差し指を立てると、芦戸は小声でオーバーリアクションをするという器用なことをした。ワクワクとした表情に知られない方が良かったかと一瞬思ったが、この際、そういうことに敏感なヤツに相談してみるのもありかもしれない。
そんなことから、鋭児郎はせっかくの機会なので、芦戸とコイバナをすることにしたのだった。
2人は場所を変えて、人気のない敷地内のベンチに並んで腰かけた。芦戸はうずうずとしているが、鋭児郎は少し緊張する。なんせ、普通の恋ではない。
「で、誰!?」
「あ〜…まず、芦戸の知ってるヤツじゃねぇ」
「そうなの!?可愛い!?」
「可愛い、めちゃくちゃ可愛い、けど、その…芦戸の思うような可愛いヤツでもねぇ」
「?どういうこと?」
首を傾げる芦戸。鋭児郎は意を決して口を開く。
「男、なんだ。同い年の」
「…うん、で?」
「え?」
「ん?どこで知り合った子?脈ありなの?」
「いや…え、それだけか?」
だから何?という芦戸の反応に、逆に鋭児郎が戸惑った。芦戸のことだ、気持ち悪いと言われるとはほとんど思っていなかったが、引かれてもおかしくない話だ。もしくは、「そういうの気にしないから!」なんてフォローされるパターンだと思っていた。
しかし、芦戸はもはやそれすらなく、さしたる情報とすら認識していなかった。
「え、だってそれ以上でも以下でもなくない?切島が可愛いって思ってるんでしょ?じゃあ別にいいよ。それより早く、大事なのはそこじゃないでしょ!」
「…そう、だな。そうだよな」
芦戸の言う通りだ。
本来、大事なのは、「そこじゃない」のだ。性別だとか生まれだとか、そういうことではない。性別なんて人体構造の違いでしかない。
そして鋭児郎は、シオンのことやこれまでのことをかいつまんで話した。母の知人の日本人女性が、内戦の起きたソグディアナにおり、難民となった子供を引き取った。その少年がシオンで、一緒に暮らすうち、どんどん好きになっていったのだ。
「シオンはさ、あの国で、人間扱いすらされずに苦しんできた。最初は、俺がなんとか元気にしてぇって思ってた。でも、一緒に暮らしていくうちに、あいつ、いつも俺のこと考えてくれるようになって。いつも俺に、まっすぐな気持ちと、言葉をくれた。俺は、ずっとそれに支えられてきたんだ」
母が命懸けで作ってくれたパスポートは、シオンにとって苛酷な生活の支えで、命のように大事なものだ。その一部を切り取って、雄英受験のときに応援してくれた。
雄英に入ってからも、周りとの差に揺れ動く鋭児郎のことを励まして、支えて、日々の訓練を手伝ってくれさえした。
先日の夏祭りでもそうだったが、ふとした些細な瞬間でさえ、シオンは純粋に鋭児郎のことだけを考えてくれる。
そんなシオンを、好きにならない方がおかしいだろう、と鋭児郎は思わずにいられなかった。
「でも、こんな気持ち伝えられねぇ」
「なんで?家族だから?」
「…あいつは欲しいのは、家族だ。恋人じゃねぇだろ」
「違うよ。シオン君に必要なのは居場所だよ。そんで、シオン君は切島の隣が居場所だって思ってるんだよ」
芦戸もまた、純粋でまっすぐなヤツだ。だから、見ている世界もまた、まっすぐだ。その言葉は、こうして核心をつくことがある。
「たとえそれぞれどんな気持ちでも、お互いにお互いがいなきゃ、もうやっていけないでしょ?それなら、もういつ告白しても同じだよ」
「そう、なのか…」
「うん。別に畏まる必要もないよ。『あぁ、好きだな』って気持ちが溢れちゃったときに、言えばいいんじゃない?」
言いたいときに言えばいい、なんていうのは、もしかしたらあまりに単純なことなのかもしれない。しかし、そういう心構えでなら気負いせずに過ごせる。芦戸の言う通り、たとえどんな気持ちでも、2人が一緒にいることは変わらないのだ。